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コミュニティバス界の革命児 武蔵野市「ムーバス」20年の軌跡

2015/11/14(土) 18:00配信

THE PAGE

 いま1200を超える自治体がコミュニティバスを運行しているといわれます。そんなコミュニティバスの先駆者といわれるのが、武蔵野市が1995(平成7)年11月26日に運行を開始した「ムーバス」です。ムーバスが運行を開始してから20年。ムーバスに触発されて、各地でコミュニティバスが走り始めるようになりました。20周年を記念して、「ムーバス」は11月から“北斗の拳”“シティーハンター”“義風堂々!!直江兼続~前田慶次 花語り~”のラッピングバスを運行しています。コミュニティバスのフロンティアであり、トップランナーとして走り続けるムーバス20年の軌跡をたどってみましょう。

高齢者からの手紙がきっかけ

 武蔵野市がムーバスを運行する以前にも、自治体が民間委託でバスを運行したケースはありました。しかし、どれもうまくいきませんでした。

 武蔵野市はJR中央線が走り、吉祥寺駅や三鷹駅からも頻繁にバスが発着しています。そのため、市役所では交通が不便といった認識はありませんでした。

「ムーバスを運行するきっかけになったのは、高齢者から市役所に“自宅からバス停まで遠く、街まで出ることができない”といった手紙をいただいたことです。その手紙を機に、市役所では市内の交通が不便な地域を再点検しました。バス停を中心にして半径300メートルで円を描いていくと、結構な空白地帯がみつかりました。ムーバスはそうした空白地帯を埋めることを目的として運行が始められたのです」(武蔵野市都市整備部交通対策課)

 武蔵野市は駅から少し離れると閑静な住宅街が広がっています。当時の高齢化率は11.7%。近い将来、さらなる高齢化が予測されていました。高齢化に加えて、武蔵野市はベッドタウンとしても発展し、ニューファミリー層も増加傾向にありました。市の中心部に買い物に行くにもバスは便利な交通機関でしたが、高齢者やベビーカーを押す若いママたちは自宅からバス停に行くにも一苦労でした。

 民間のバスは幹線道路には多く走っていても、住宅街までバスは走ってきません。住宅街の生活道路は幅員も狭く、一方通行も多かったのでバスを運行できなかったのです。そうした物理的な障壁に加え、住宅街に路線が開設されていなかった理由には多くの利用者を見込めないという採算面もありました。

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最終更新:2015/11/16(月) 14:16
THE PAGE

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