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元プロ高校野球監督が挫折球児に夢プラン!

2015/12/10(木) 12:00配信

THE PAGE

 元阪神OBで、その後、高校野球の監督も務めた異例の野球キャリアを持つ大野久さん(55)=現、(株)白寿生科学研究所 人材開拓グループ アドバイザー=が新しいチャレンジを始めた。賛同者から資金を募る今話題となっているクラウドファウンディングを使い、途中で高校野球をあきらめドロップアウトした14歳から18歳までの若者に、オーストラリアでの語学留学と野球のできるチャンスを与えようというプロジェクト。大野さんは、「セカンドドリーム」と名づけ、公式HPの NATURAL NINE「未来につなげ」も立ち上げた。

「高校野球の監督を10年やっていて、挫折して学校も野球もやめていく子たちをたくさん見てきた。もったいないなと思って手を差し伸べたが、限界があった。教師を退職してからオーストラリアに2年間渡り、そこで見てきた少年たちは、先輩、後輩や監督、コーチなどという上下関係に縛られることもなく、ノビノビと自由に野球を楽しんでいた。
 クラブチームなので下は14歳から上から55歳まで年齢差のある人が集まっている。どんどんと子供たちが大人になっていくのがわかった。それでいてメジャーリーグにマイナー契約で引き抜かれるような能力の高い選手が、毎年、2、3人は出てくる。コミュニケーション能力を高め、人間の幅を広げ、そして野球を楽しめる、この環境に、挫折した子供たちを送り出したいと思った。自由な風土を感じるオーストラリアなら周囲の目を気にすることなく、もう一度、真っ白になって野球人生をやり直すことができる」

 大野さんは、現役時代に阪神、ダイエー、中日でプレー、スイッチヒッターの俊足外野手として、阪神では1985年の優勝を経験、ダイエー時代には盗塁王まで獲得した。引退後、中日でコーチも務めたが退団、心機一転、高校野球の監督を目指した。現在は、アマチュア資格の回復は講習会の受験だけでOKとなったが、当時は教員資格と2年間の教員生活が必要だったため、大学に通い直して教職免許を取り、茨城の東洋大牛久高で、教員生活を2年送った後に監督就任したが、10年間で一度も甲子園出場を果たせず2013年に退職。

 この2年間は、オーストラリアのゴールドコーストにあるロビーナ高校の特別講師として野球の授業を受け持ち、U-18のオーストラリア代表チームの臨時コーチも務めていた。日本の閉ざされた高校野球の世界から離れ、南半球の空気を吸ったからこそ見えてきたものがある。

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最終更新:2016/2/10(水) 4:15
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