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2016年末に消える商号「プランタン銀座」って、どんな百貨店?

2015/12/16(水) 6:00配信

THE PAGE

 プランタン銀座は15日、フランスのプランタン社との商号・商標使用契約を2016年12月末で終了、名称を変更して2017年3月にリニューアルオープンすると発表しました。これにより「プランタン」の名称は消えることになりますが、プランタン銀座とはどのような百貨店なのでしょうか。

 プランタン銀座は、大手スーパーのダイエーが百貨店事業の一環として1984年にオープンした銀座の百貨店です。プランタン銀座は、パリの老舗百貨店であるプランタンとロイヤルティ契約をしており、ヨーロッパからの輸入品も数多く取り揃えていました。バブル経済の初期で銀座の街が活気に溢れていたことや、パリ本店のブランドイメージも重なり、開業当初は大きな話題となりました。

 ダイエーは小売業としては初めて売上高1兆円を達成した企業ですが、スーパーという庶民的なイメージが定着しており、創業者である故中内功氏は、こうした企業イメージからの脱却を望んでいました。中内氏は、大手百貨店と肩を並べるブランドを作りたいと考えていましたから、プランタンの展開は中内氏の悲願でもあったわけです。

 しかし現実のビジネスはそう簡単ではありませんでした。商圏として突出している銀座本店は何とかなりましたが、それ以外の店舗は不振が続き、ダイエーの経営を圧迫する状況になってしまいます。結局、銀座店以外は、高級百貨店というブランドイメージを構築できず、撤退が続くことになります。

 最後まで残ったプランタン銀座は紆余曲折の末、2002年に土地の所有者である読売新聞社に売却されることになりました。読売は三越に株式の一部を譲渡していますので、現在では読売と三越(現三越伊勢丹)が所有者です。

 プランタンは早い段階から経営不振が表面化しましたが、百貨店という形態そのものが時代に合わなくなっているのは各社共通の課題です。プランタンの株式を取得した三越は伊勢丹と合併、2008年に三越伊勢丹となっていますし、その前年には大丸と松坂屋がJフロントリテイリングとして統合されました。老舗呉服店・白木屋をルーツに持つ東急百貨店も旗艦店であった日本橋店を1999年に閉店しています。

 またプランタン銀座は2015年4月、低価格家具で有名なニトリを出店させ、業界を驚かせました。ただ、最近はインバウンド消費で中国人が多数来店しています。その意味では従来型百貨店の形態もしばらくの間継続できるかもしれません。

 ちなみにパリのプランタンはアール・ヌーヴォーの美しい建築で有名ですが、所有者の交代や大改装を経て、今でも営業を続けています。しかも、バスで来店する中国人団体客専用のエントランスまであるそうです。
 
(The Capital Tribune Japan)

最終更新:2015/12/16(水) 11:42
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