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マクドナルド栄枯盛衰(中)原田マジックの終わり

2016/1/12(火) 7:00配信

THE PAGE

 業績の悪化を受け、日本マクドナルドの経営立て直しを託されたのは、外資系企業出身の原田泳幸氏(現ベネッセホールディングス会長)でした。原田氏は2004年にトップに就任すると、すぐに価格戦略の見直しを行いました。

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 100円コーヒーなど割安な目玉商品で顧客を集めると同時に、一方では商品メニューを全面的に見直し、顧客単価を次々に上げていきました。同社の価格体系は、セットメニューなどで分かりにくくなっていましたが、原田氏は就任以降、実質的に8年間で6回以上もの値上げを行っています。来店する客数を増やし、最終的には単価の高い商品を販売する戦略というわけです。

 同時に原田氏は、店舗の運営形態の見直しにも着手しました。同社の店舗は、本体が運営する直営店とフランチャイズ形式で運営する店舗に分かれています。

直営店重視からフランチャイズ重視の経営へ

 藤田氏の時代までは、直営店が7割、フランチャイズ店が3割という構成でしたが、原田氏は直営店を重視するこれまでのスタイルにメスを入れます。フランチャイズ店の経営規模を大きくし、全体の競争力を向上させることがその狙いです。経営体力のない小さなフランチャイズ店のリストラを進めると同時に、全社的にはフランチャイズ店への移行を進めていきました。最終的には、直営店は3割まで減少、逆にフランチャイズ店は7割まで増加し、直営店とフランチャイズ店の割合は完全に逆転しています。

 マックの全店売上高は、原田氏が就任する2004年には4000億円を切っていましたが、こうした改革の効果もあり、2010年には5400億円に達します。市場では原田マジックなどと呼ばれていましたが、2010年が売上高のピークとなりました。原田路線はこの頃から行き詰まりを見せ始め、全店売上高の減少が始まります。原田氏が退任した2014年には、結局、当初と同じ水準の4000億円台に戻ってしまいました。安い目玉商品に惹かれて店舗に行ったものの、実際の客単価は高いということがイメージとして定着してしまい、これが顧客離れを加速させたようです。

 また日本マクドナルド本体も、不採算店舗の閉鎖やフランチャイズ化を進めたことで、一時は業績がV字回復していましたが、全店売上高の減少に伴って、本体の業績も悪化が進んでいきました。

 原田氏は、店舗の運営体制を急激に改革しましたが、これによって現場が混乱し、業績悪化に拍車をかけたともいわれています。関係者の中には、こうした状況が、その後の期限切れ鶏肉問題や異物混入問題につながったと指摘する人もいます。


(The Capital Tribune Japan)

最終更新:2016/2/12(金) 2:31
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