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代表強化は高校サッカーかJユースか?

2016/1/16(土) 8:00配信

THE PAGE

 夏冬2冠を達成した東福岡(福岡)には、Jクラブのユースよりも高校サッカーを選んだ2人がいた。
MF藤川虎太朗(2年)とMF三宅海斗(3年)。藤川はサガン鳥栖U‐18への昇格を、三宅はファジアーノ岡山U‐18への入団を断って東福岡の門を叩いた。

 ともに将来はプロになる夢を描く。ならば高校サッカーよりも、Jクラブのユースで心技体を磨いたほうが近道になる。実際、J1のルーキーは2006年を、J2は2009年をそれぞれ分岐点として、高卒よりもユースからの昇格組が上回る状況が続いている。

 それでも、佐賀県で生まれ育った藤川は自らの意思で、鳥栖の下部組織でのプレーにU‐15でピリオドを打つことを決めた。
「自分をもうひと回り強くするために東福岡へ来ました。ユースは華麗なサッカーという印象が強かったし、高校サッカーは球際の攻防を含めて、泥臭いという思いで見ていた。自分としてはもっと泥臭くプレーしたほうがいいと思っていたので。(ユース昇格を断ったことを)後悔はしていません」

 岡山県の倉敷北中学出身の三宅は、J2岡山の下部組織の入団テストに合格した喜びと、J1のヴィッセル神戸と名古屋グランパスに不合格となった悔しさを比較。最終的に後者が上回り、東福岡を選んだ。
「岡山は自分のなかで考えられなかった。楽をして行っても(上のレベルでは)通用しないというのはわかっていたので、ならばもっと厳しい環境で、求められるものを身につけていこうと思いました」

 東福岡の部員数は280人。全国でも最大規模を誇り、レベルによってAからDまでの4つのチームに分けられる。公式戦でプレーできるのはAチームのみ。過酷な競争が待つなかで、試合に出られないのでは、という懸念は抱かなかったのか。
 

 対照的にJクラブのユースは少数精鋭。トップチームへの人材供給を目標に、ハイレベルの指導を受けられる。実力が認められればユース所属の2種登録選手としてトップチームでプレーできるし、場合によっては高校卒業を待たずして「飛び級」で昇格することもできる。

 一方でユースへの昇格や入団は狭き門でもある。かつては中村俊輔が横浜F・マリノスの、本田圭佑がガンバ大阪のユースに昇格できなかった。今大会で旋風を巻き起こした国学院久我山の司令塔、名倉巧(2年)もFC東京U‐15深川からU‐18への昇格がかなわなかった一人だ。

 傘下に下部組織をもつことが義務づけられたJリーグが発足して以降、高校サッカーは15歳にして一度夢を断たれた選手たちの「受け皿」としての側面も持ち合わせるようになった。

 もっとも、17年前に東福岡を選手権連覇に導いたときの監督で、現在は総監督として森重潤也監督を支える志波芳則氏は、多感な感情をもつ年代に高校サッカーが与えてきた意義を説く。

「サッカーは一人でやれるものではない。自分の力を伸ばしていくには大勢の人間のサポートがあり、いざ最後にゲームで戦うときにはフォア・ザ・チームの精神が必要になる。自分を生かすか、あるいは周りの味方を生かすかは自分自身の気持ち次第。だからこそ、高校サッカーを通じて我々が何を求められているかと言えば、最後はやはり人間を作るということになります」

 東福岡では、1年生であってもボール拾いなどは一切させない。10人を超えるコーチが同じコンセプトのもとで、それぞれのカテゴリーを指導する。選手たちはそれぞれ追い求めてきたものを身につけながら、志波総監督が最も重要と指摘する人間力も心のなかに備えていく。

 決勝で先制ゴールをあげた三宅はスタンドで声援を送る部員たちに向かって拳を突き上げた。選手権のベンチ入りメンバーは20人。選ばれた人間には特別な力が生まれると、藤川も力を込める。
「ユースだと50人もいないくらいの感じですし、応援もほとんどない。スタンドから見ている選手たちのためにも、試合には絶対は負けられないという気持ちになる。そういう面でも、メンタルが強くなりました」
 

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最終更新:2016/2/16(火) 2:30
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