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「やっぱり苦しいな」原発事故で壊れた家族。ひとり暮らす父の思い

2016/3/3(木) 11:01配信

BuzzFeed Japan

母子避難、孤立する父親

福島第一原発事故とそれをめぐる論争は家族関係にも影響を与えている。母と子供だけが父を残して避難する「母子避難」がその典型だ。残された父親は何を思い、この5年を過ごしてきたのか。一人の父親の生活に迫った。【石戸諭】
「僕だってきついですよ。子供の成長を見ることができなかった。もう一度、一緒に暮らしたいですよ。でも、もうチャンスはないのかな…」
東京都内の居酒屋、40代の男性の口からこんな言葉が漏れた。震災から5年のこの冬、会社帰りの彼を食事に誘い、焼酎を片手に近況を聞いていた。

匿名を条件に取材に応じてくれた彼の名を、Tさんとしておく。Tさんは2011年の原発事故を機に家族と離れて暮らしている。2011年夏、妻と子供は西日本に引っ越した。原発事故による母子避難だ。

Tさんはいま、首都圏近郊のアパートに一人で暮らしている。朝は午前7時には家を出る。帰りは遅ければ午後10時過ぎ。食事は近所のスーパーで買った惣菜や外食で済ませる。一人暮らしにも慣れてきた、と思うが悔いは残る。

「会うたびに娘の体は大きくなって、言葉を覚える。その成長をそばで感じることができないですからね」
Tさんは福島県沿岸部の地方都市に生まれた。
「ちょうど学生の頃です。チェルノブイリ原発事故が起きて、反原発の声が高まっていました。私の生まれた場所の近くに、これだけの原発がある。違和感を覚えながら暮らしてきました。事故が起きたら、私たちもただではすまない。便利さばかりが伝えられるのはおかしいと思っていました」

「だけど、実際に事故が起きてみると、私が考えていた被害とはまったく別の形の『被害』があったのです」

大学卒業後、Tさんは福島市内に生活の拠点を構えた。2008年に結婚、翌年には子供が誕生した。新居は賃貸だったが、3LDKで家族が3人で住むには十分すぎるほどの広さだった。

土日は娘と遊び、義理の父は本格的な家庭菜園を作り、無農薬の野菜を育てていた。葉物野菜、根菜もまかなえ、食費の助けになった。

妻は、無農薬や有機農法、何かにつけ天然由来の食品を選んだ。主食は、玄米か精米を控えた白米。食の好みは違ったが、問題ないと思っていた。

「食事についての好みは誰でもあると思います。そこが違うだけだし、会社の同僚との飲み会に行ったときに好きなものを食べればいい。義父が作る野菜もおいしかったですし、些細な問題だと思っていました」

「そんな生活を送っていたのが、もうだいぶ昔のことのようです。原発事故以降は、野菜どころじゃなかったから…」

「妻は医療に対しても不信感を持ちやすいタイプでした。予防接種について『そこまで懐疑的になる必要はない』と議論したことがあります。自然志向で、友人にも同じような好みの人がいました。普段の生活なら、許せる範囲かなと思っていました」

原発事故後、家族間に亀裂が生じたのは「好みの違い」からだった。

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最終更新:2016/3/3(木) 12:05
BuzzFeed Japan