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ひとは「死んだら終わりですか?」大切な死者を語り、震災後を生きる

2016/3/11(金) 6:00配信

BuzzFeed Japan

死んだら終わりですか?

宮城県沿岸部にある名取市閖上地区の一角、慰霊碑の隣に置かれた机がある。どこの中学校にもあるような普通の机にメッセージが書かれている。【石戸諭】

「あの日 大勢の人達が津波から逃れる為、この閖中を目指して走りました。
街の復興はとても大切な事です。でも沢山の人達の命が今もここにある事を忘れないでください。
死んだら終わりですか?
生き残った私達に出来る事を考えます」

メッセージは何度も何度も、黒のマジックで上書きされている。

この言葉を書いた、丹野祐子さんは当時、閖上中学校1年生だった息子公太さんを東日本大震災の津波で亡くした。閖上地区は震災時に約6000人が暮らす街だった。この地区だけで死者は753人、名取市全域の死者(884人)の8割以上が集中した。
公太さんはこの街で生活をしていた、ひとりの少年だ。

「2011年3月11日。あの日は娘の卒業式でした」

2011年3月11日、中学校3年の長女と公太さんが通う中学校の卒業式があった。娘の晴れ舞台である。丹野さんは新調したスーツに袖を通し、卒業式に向かった。全校生徒150人ほどのこじんまりした中学校だ。

式は無事に終わり、会場を公民館に移し、謝恩会が開かれた。公太さんは先に帰り、丹野さんは娘と一緒に友人や保護者と歓談していた。気心の知れた約80人が高校生活をどうするか。他愛もない会話を交わしていた。

午後2時46分。立つことすらできない、強烈な揺れを感じた。はわないと動くことができなかった。しばらくして揺れが収まり、公民館の外に出た。「何が起きたのか。そのときは、わかりませんでした」。

その場で「大丈夫だよ」と保護者同士、生徒同士で声を掛け合ったことを覚えている。丹野さんは公民館から自宅も近く、近所に住む義理の両親の様子を見たかったので、一度帰宅をしようと思った。丹野さんと同じように自宅の様子を見に戻るという人も多かった。

部屋は散らかっていたが、想像の範囲内だった。片付ければ「なんなとかなる」と思い、義父母の家に向かった。地域の友人らと一緒にいた義父母は無事だったが、体が震えていたように見えた。この時、すでに6メートルの津波警報が出ていたのだが……。

「じいちゃん(義父)は自信を持ってこう言い切りました。『閖上に津波は来ない』。その時、私は反論せずに同意しました。『そうだよね。いつも警報があるけど、津波きたことないもんね』。私は普段から防災に対して、備えをしているほうだと思ってきました。備蓄の食料もある。灯油の買い置きもしている。何かあったら、海沿いには松林があるし、止めてくれるだろう。何かあったら、防災無線がなるだろう。何かあったら消防が教えてくれるだろう。津波がくるまでの閖上はひっそりとしていました」

後からわかったことだが、この日、防災無線は地震直後に故障していた。謝恩会が開かれていた公民館は、地域の避難場所に指定されていた。公太もきっといるだろう。そう思った丹野さんは義父母の姿を確認できたため、公民館に向かった。


公民館のグラウンドには車や徒歩で人が続々と集まっていた。中学生はどこから持ってきたのか。サッカーボールを蹴って、遊んでいた。公太さんもその輪の中にいた。丹野さんは横目で公太さんの姿をみることができた。この時、津波警報は10メートルに変わっていたためか、公民館にはこんな声が響いていた。「津波がくるぞ、ここから逃げろ」

2階建ての公民館ではなく、約300メートル西に離れた3階建ての閖上中に避難を促す声だった。丹野さんも友人とこんな会話をしていた。「閖上中にいったほうがいいらしいよ」。その頃、サッカーをしていた公太さんは、視界から外れていた。
地震から1時間6分後、15時52分。「津波だー」という大きな声が聞こえた。はっと東の空を向くと真っ黒い煙が見えた。「これは火事の煙かな」と思ったが、違った。煙ではない。これが津波だった。

「公太ー」と大きな声を出しながら、階段を駆け上がり、公民館の2階までなんとかたどり着いた。娘の避難も確認できた。振り返ると、丹野さんの足元まで津波が押し寄せていた。「あと一歩だった」と今でも思う。

すぐ後ろにいた娘の同級生の男子生徒は、足を津波に取られ、黒い渦にのまれていった。その後、男子生徒は救出されたが、その時、丹野さんたちはただただ見ているしかなかった。

この日の午前中、卒業式が開かれたばかりだったというのに。午後には謝恩会が公民館で開かれていたというのに。いま、ここで何が起きているのだろう。公民館の2階まで迫ろうかという高さまで水が押し寄せ、濁流の中を家が流れ、車が流れていく。
もしかしたら映画のワンシーンなのかなとも思ったが、声はでない。自らの想像を超える事態に直面したとき、人は沈黙するしかないのだ、と思う。

公民館は静かだった。


やがて、はらはらと白い雪が舞い、バン、バンとプロパンガスが爆発する音が聞こえてきた。気がついたときには、夜になり、空には星が輝いていた。不謹慎かもしれないが、今夜は星がきれいだなと、思った。「多くの人が一瞬で星になったのだから、きれいなのは当たり前かもしれない」

公太は、義父母はどうなったのだろう。考えるべきこと、心配すべきことはたくさんあった。

わずかな時間で押し寄せた津波で街の景色は一変していた。

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最終更新:2016/3/11(金) 6:00
BuzzFeed Japan