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障害者が私たちと被災地をつないでいる 陸前高田市の作業所から見える新しい街づくり

2016/3/20(日) 17:49配信

BuzzFeed Japan

彼らは弱者ではない

障害者は、周囲からの支援が必要な「社会的弱者」として語られがちだ。特に災害が起きた際には、最もしわ寄せを受けがちな存在でもある。しかし、東日本大震災で壊滅的な打撃を受けた岩手・陸前高田市では違う。障害者こそが、街を支える「戦力」だ。現場を訪ねた。【石戸諭】

津波被害の再発を防ぐための土地のかさ上げ工事が進む陸前高田市。沿岸部にある市の中心から内陸へ車で20分ほど走ったところに、平屋建てのプレハブの建物がある。一般社団法人「ドリームプロジェクト」が建てた作業場だ。


午前10時、続々と人が集まってくる。彼らは、この地域に住む障害者。陸前高田市に「ふるさと納税」を納めた人たちへのお礼の品を梱包するのが、彼らの仕事だ。

作業場の中には、大人が20人ほど入って立ち作業ができるスペースがある。中央には白い長机。入り口から見て左手には震災後、市の新たな名物となった一本松が印刷された段ボールが、うず高く積まれている。右手側の棚には、テープ類、梱包用のエアパッキンなどがきれいに整理されていた。

長机の前に立って、手を動かしている荒木文江さんと浅野紫帆さん、金野僚太さんの3人は知的障害がある。カーキ色のそろいのエプロンに身を包み、手を動かす。

浅野さんはお礼品のひとつ、冷凍された魚の粕漬けが詰められた箱を手に取る。エアパッキンでくるみ、上から下まで5~6箇所、セロテープでとめる。市長からのメッセージなどと一緒に段ボールに詰めて、ガムテープでふたをして仕事がひとつ片付いた。所要時間は1個あたり15分弱といったところだろうか。

作業は流れるように続き、よどみがない。社団法人の代表を務める関欣哉さんに、彼らの仕事をどう評価しているのか、聞いてみた。

「仕事っぷりですか?大満足ですよ。障害者に対して、みんな誤解していると思います。地道な作業でも、手を止めないし、なにより丁寧」

関さんは隣町の大船渡市で育った。大学進学とともに上京し、東京ではテーマパーク型入浴施設の立ち上げに関わった根っからのビジネスパーソンだ。障害者を雇用することに関して、すぐに「良い話」のように解釈する風潮があるが、即座に否定する。

「私は慈善事業をしているつもりはありません。彼らは同じ仕事に取り組む『仲間』。力はありますし、期待しています」

取材をしている間にも、作業は続いている。1個終わると、すぐ次の仕事に向かう。ガムテープが足りなくなれば、棚から取ってくる。どこに何があるのか。わかりやすく配置されているため、余計な迷いを挟まずに判断することができる。細かい工夫が、さりげなくなされている。

関さんは震災を機に、被災したふるさとを拠点に何かビジネスの視点を取り入れた支援ができないか模索を続けてきた。

「これまで地域の障害者というのはどこにいるかわからなかったんです。言ってしまえば、社会から隔離されていた。震災では社会の弱いところに歪みがいきます。でも、地域で仕事をまわして、彼らの力を発揮できる環境を作っていけばいい」

被災地で作業所を運営することで、関さん自身も多くの気づきがあったという。
「彼らは弱いのではない。ハンディキャップがあり、周囲のサポートが少し必要なだけです。でも、これは健常者も同じですよね。この街は、津波ですべてが流された。誰もがサポートが必要な状態になりました。震災から5年でやっとできるようになったことも多いのです」

関さんは、お礼のハガキを一枚ずつまとめた分厚いファイルを取り出してくれた。

「箱詰めされた人の気持ちが伝わってきました」
「心を込めて梱包してくれた鮮魚を確かに受け取りました」

お礼のハガキを手に取りながら、関さんは続ける。

「これが自信につながるわけです。働くことは生活の喜びにつながります。復興関連の工事だって、いつまでも続くわけではない。『復興』で仕事ができるのもすぐ終わる。次をどうするのか。被災した街で終わらせず、ここから新しいモデルを作っていかないと……」

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最終更新:2016/3/20(日) 17:49
BuzzFeed Japan