ここから本文です

世界の大富豪 (4) 森ビル創業者 ── 森泰吉郎

2016/4/17(日) 7:00配信

THE PAGE

 六本木ヒルズで有名な森ビルを創業したのは、経済学者でもあった森泰吉郎氏です。森氏は、横浜市立大学商学部の教授として教鞭を執る一方、東京都の港区に集中してオフィスビルを建設し、世界でも屈指の不動産投資家となりました。まさに今流行りのサラリーマン大家さんの先駆けともいうべき存在ですが、やがて不動産が本業となり、学者を辞して法人化したのが現在の森ビルです。

戦後のインフレを見通した先見性

 森氏の手法は学者らしく徹底して論理的・合理的です。もともと現在の西新橋に多少の土地を持っていましたが、大きなビルを次々建てる程の資金はありません。不動産ビジネスを始めるにはやはりまとまったお金が必要です。

 終戦直後、日本は太平洋戦争で生じた膨大な政府債務によって準ハイパーインフレともいうべき状況に陥りました。このような時に現金を持っていては瞬く間に紙くずになってしまいます。森氏は経済学者として日本政府の財政状況をよく理解していましたから、インフレの発生を完全に予測していたようです。

 森氏はインフレが発生しそうになると、手持ちの現金を人絹(レーヨン)相場に投入。資金を何十倍にも増やすことに成功しています。これが同社発展の基礎となったナンバービル(新橋・虎ノ門地区にいくつも建設された番号がビル名になっている森ビル所有の物件)の資金源になったのです。その後森氏は、徹底して港区にこだわりオフィスビルを次々と建設していきます。

デベロッパーになる契機「赤坂アークヒルズ」

 森ビルが世界的なデベロッパーになるきっかけとなったのは赤坂アークヒルズの建設ですが、これも森氏が学術的な手法を駆使し、外国法人のオフィスが増加することを予想した上での先行投資でした。こうした手法はやがて六本木ヒルズの建設につながっていくことになります。

 森氏が大成功した背景には時代という追い風があった面は否定できないでしょう。当時はスペックの高いビルが少なく、1959年に竣工した西新橋3森ビルは、ビルの建設計画を公表した次の日にテナントがすべて決まるほどだったそうです。しかし単に時代の波に乗ったというだけでは現在の森ビルは存在しなかったはずです。

 高度成長期の日本は今ほど資金が豊富ではなく、銀行融資のほとんどは製造業の設備増強に回されていました。不動産に対する銀行融資の条件は悪く、資金の手当てにはかなり苦労したといわれています。森氏のブレない行動の源泉になっていたのは、やはり的確な分析力だったことは間違いありません。またビルの建設エリアを自分が育った港区界隈に限定し続けたのも、需要予測を完璧にしたいという強い思いからでしょう。

(The Capital Tribune Japan)

最終更新:2016/4/21(木) 16:59
THE PAGE