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「もう阿蘇は忘れられているのだろうか」 物資も情報も不足する被災者からの手記

2016/4/18(月) 15:39配信

BuzzFeed Japan

4月14日から続く九州の地震。熊本・阿蘇で一人暮らしをする知人に連絡を取ったところ、これまでの体験を書き留めたメモを送ってくれた。そこには、物資も情報も不足したまま、不安を抱えて暮らす様子が記されていた。

メモをくれたのは40代のAさん。匿名を条件に、メモの公開を許可してくれた。全文を紹介する。

Aさんのメモは、14日21時26分に起きた地震から始まる。この時、阿蘇市の揺れは震度5弱だった。

【14日。最初の地震。自宅】

木曜夜の地震、緊急地震速報に驚く。かなり揺れたが、落ちたものは特に無し。
米が無くなりかけていたことを思い出し、念のため米を買ってくる。これが後で役立つ。
心配した友人たちから連絡が来る。大丈夫だと次々に返事する。
水を貯めるように言われたり、ラジオがある?と聞かれたり、ガソリンを満タンにするように言われたり、靴を寝室に置くように言われたり。
そこまでしなくてもいいのではと思いながら、全部はしなかったけど、一部実行。これも後で役立つ。
興奮して眠れないかと思ったが、寝付くのは遅かったものの、眠ることができた。

【15日】

朝起きて、仕事へ。

夕方仕事で、熊本市内へ。

夕食は、馴染みのダイニングバー。

昨日の地震で棚のお酒がたくさんたおれ、とても散らかってしまったらしい。

しかし、働き者のマスターは、昨晩片付けて、今日はランチから営業してたとのこと。

ほっとする。

スーパーが閉まっていたそうで、無い食材あり。メニューが減っている。

お酒を飲みたかったが、昨日の地震で避難している人がいるせいか、熊本市内のホテルの空きが少ないことを知っていた。家に帰れる者は帰った方がいいと考え、お酒は我慢。

その割にゆっくりして、夜9時半過ぎに店を出る。

57号線を通って阿蘇市へ帰る。

余震注意の電光掲示版。道を外れていけば、被害が大きい益城。なのに、ここを走ってる分には、地震のことがわかるのはこの電光掲示版くらいだなあと思いつつ走る。

大津町で給油。まだ半分以上残っていて普段なら給油しないが、昨日の友だちの助言を思い出し、念のため給油した。本当に役立つことになるとは思っていなかった。

57号線をさらに東へ。阿蘇大橋(※翌日の地震で崩壊)付近も当然通過し、自宅到着。

疲れてて、上着とズボンを脱いだだけで、着替えずに寝てしまった。

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最終更新:2016/4/18(月) 23:05
BuzzFeed Japan

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