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最高に信頼していた。そして、好きだと告げた。その同級生に「あいつはゲイだ」とLINEで言いふらされた。一橋大学のロースクールに通っていたAくんは苦悩の末、校舎6階から落ちて亡くなった。Aくんは25年の人生をどう過ごしたのか。なぜこの事件が裁判にまでなったのか。遺族に思いを聞いた。【渡辺一樹 / BuzzFeed Japan】
BuzzFeed Newsは愛知県内のAくんの実家を訪ねた。物腰柔らかな父親と、上品な母親。意志の強そうな目をした妹さんが出迎えてくれた。
整理整頓が行き届いた家。まず、仏間でAくんの位牌に手を合わせ、焼香をした。案内された居間の椅子に腰掛けると、犬がするりと寄ってきて足元に寝そべった。
Aくんが大勢の友達に囲まれ、人生を謳歌していたころの記憶を語ってもらった。
中学のとき、おしゃれに目覚めた。ギターやアメフト、囲碁……いろいろなものにのめり込んだ。オーケストラでチェロを演奏していた。他人の良いところを見る性格だった。
女性から慕われることも少なくなかった、と妹は言う。なんで彼女を作らないのか、不思議に思った時期もあったそうだ。
花見や花火、宴会を計画するのが好きなお祭り男だった。中央大学での最初の一年は、遊びすぎて単位を落とした。みんな野菜不足だからと自分でサラダを料理して、キャンパスで100円で売ったりもした。
落ち着いた両親と年子の妹、ペットに囲まれ、愛情いっぱいに育ったのだろう。大学2年のときのアメリカ旅行の写真で、Aくんは穏やかに微笑んでいる。
正義感が強く、これだというものに情熱を注ぎ込むAくんが目指したのが弁護士だった。学部2年の春、司法試験サークルに入ると、一心不乱に勉強した。サークル部長にもなり、切磋琢磨する仲間たちとは親友になった。
「こんな親に似ず、しっかりとしていました」。父親は少し照れながら、そう話した。
仲間たちと一緒に目標に向かって、充実した人生を送っていた。あの事件までは。
家族によると、Aくんの遺書や残されたメッセージなどから浮かんだ事件の経緯は、以下の通りだ。
2015年春、一橋大学ロースクールで出会った同級生Zくんに、Aくんは「好きだ、付き合いたい」と告げた。Zくんの答えは「付き合うことはできないけど、これからもよき友達でいて欲しい」。Aくんは「ありがとう」「悲しいけどすげー嬉しかった」と返した。
だが、約3カ月後の6月24日、Zくんは同級生たち9人でつくるLINEのグループチャットで、「おれもうおまえがゲイであることを隠しておくのムリだ。ごめんA」と暴露した。
同級生たちに告げるつもりはなかった秘密を、友達だったはずのZくんにバラされた。そのショックにAくんは打ちのめされた。
自ら望んで同性愛者だと告白することを「カミング・アウト」という。一方、同性愛者だという秘密を他人にばらされることを「アウティング」という。
同性愛への偏見がある社会でのアウティングは、人の一生を左右することもある危険な行為だ。まさに、今回がそうだった。
最終更新:2016/8/13(土) 15:18
BuzzFeed Japan
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