ここから本文です

復活した“ラスボス”小林幸子、母の背中に見た「オマケ精神」の原点

2016/8/18(木) 12:00配信

THE PAGE

何事も前向きに楽しむのがモットー

 そんな小林の復活の背景には、ベテラン歌手でありながら現状に甘んじることなく、前向きに新しいことに挑戦し、若い世代を中心に新たなファン層を獲得したことがあげられるが、そのチャレンジ精神はどこから来るのか?

 「元々の性格なんですよ。基本的に、何かやっている方が楽しいなっていう。『自分はこうでなくてはいけない』とか、『演歌を何年も歌っているから』とか、そういうことばかりを考えるよりも、『楽しんで行かなきゃ!』って。自分の“許容量”を超えていくというか、色んなことをやらせて頂くのは楽しいですしね。それに元来の“オマケ精神”もあると思います」

“オマケ精神”の原点となった母の行動

 “オマケ精神”の原点は、幼い頃に見た母の背中にあるという。

 「私は生まれが新潟で、両親が肉屋をやっていて。母がお惣菜担当で、コロッケとか、メンチカツとか、ポテトサラダとかを作って売っていたんです。お客さんが『ポテトサラダ100gください』って注文した時、母はお惣菜を一度計った後、かならず一はけ分を上乗せして、『オマケしておきますね』って小さな声で言うんです。そうすると、お客さんがすごく喜んでくださって。子供心に、そうした母とお客さんとのやりとりを見ていて、『オマケをすると喜ぶんだな』って……。この仕事をはじめてからも、『みんなが喜んでくれる“オマケ”は何かないかな?』というのが、常に頭の中にあって。そうした“オマケ精神”が、『紅白』での(巨大)衣装や色んなことに挑戦させて頂くことにもつながったんだと思います」

人気ゲームの中でライブも

 演歌歌手としての枠にとどまらずマルチな活躍を見せる小林だが、今月には国内400万ID突破のセガゲームスの人気オンラインゲーム「PSO2」に登場。

 “地球親善大使”に任命された小林は、ゲーム内でライブを行うなど、また新たな試みにも挑戦している。

 小林は、「新潟や台湾の大使はやらせて頂いたことがあるんですけど、まさか自分がゲームの中で“地球親善大使”になるとは思いませんでした。ゲームの中でライブをやっている小林幸子がいるというのは、面白いですよね」と笑顔を浮かべる。

 今月13日に東京・有明コロシアムで行われた同ゲームのイベント「アークフェスティバル2016」にも出演。ゲーム内のコスチュームと同じ姿でステージに登場すると、ゲーム内ライブ曲の『ヨーコソ・アークス』などを熱唱し、1万人近く集まった会場は歓声と熱気に包まれた。

 「ゲームのファンの方たちって、『ニコ動』ともまた少し違うんですよ。子供連れの女性の方だったり、家族で来ている方も多くて。(演歌のステージの歌唱中にはあまり起こらない)歓声も、最初はどうしようかと思ったんですけど、今ではすごい快感になってきました」

 小林の再ブレークの裏には、歌い手としての実力はもちろん、既成の概念に捉われない柔軟な思考とチャレンジスピリット、そして類まれなる“オマケ精神”があるようだ。
 

■■小林幸子(こばやし・さちこ)■■
1953年12月5日、新潟県出身。64年に天才少女歌手として10歳で『ウソツキ鴎』でデビュー。79年にリリースし、200万枚突破の大ヒットとなった『おもいで酒』をはじめ、『とまり木』、『雪椿』など数々のヒット曲を世に放つ。「NHK紅白歌合戦」には34回出場し、「日本レコード大賞」の「最優秀歌唱賞」など数々の歌唱賞を受賞。 2013年に芸能生活50周年を迎えて、最近では若い世代からも高い支持を集めている。

2/2ページ

最終更新:2016/8/18(木) 12:00
THE PAGE