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横浜DeNA三浦が引退会見 背番号「18」は準永久欠番

2016/9/20(火) 17:38配信

THE PAGE

ーーまだできるのでは?

「まだできるとは思うが、どこかでケジメをつけなければならないと思っていた。チーム状況を考えながらも、8月まで勝てなかったというのが大きかった。自分で、どこかで決めないといけないな、甘えちゃいけないなと、勝てなければやめると決めていた。最終的にはそこにたどり着いた」

ーー25年間、投げ続けることができた理由は?

「まさかプロに入ったときに25年間もやるとは思っていなかった、1年、1年、勝負と思ってやってきた。打たれたら悔しい、もう負けたくない、勝ちたい、その気持ちがあったからこそ、苦しい練習ができた。勝ったら、たくさんのファンが喜んでくれた。あそこでもう一度喜びたい、そういう気持ちで25年続けた」

ーーたくさんの指導者との出会いも?

「たくさんの監督のもとでやらせてもらった。野球だけでなく人としても勉強させてもらった。プロに入った1年目にピッチングコーチの小谷さん(現千葉ロッテ2軍コーチ)と知り合ったのが、三浦大輔の第一歩。“おのれを知れ! どういうタイプか、この世界で生きるのはどうすればいいのか?”と教えられた」

ーーそれが25年間を支えた?

「その言葉を胸に、勘違いしないように、自分はどういうタイプで、どうすれば抑えられるかを常に考えてやってきた」

ーーそして実績を積み重ねた。

「ボールが速いわけでなく、凄い変化球があるわけでもなく、よくやってこれたなあ、とは思う。球が速くなくても、プロでできるというところを見せたかった。勝ったり、負けたり、結果的に負けが多かったが、周りに支えられて、突っ走ってこれた。感謝の気持ちでいっぱい」

ーー勝つための投球術も身につけた?

「あったら教えてほしかった。練習しかない。へたくそがうまくなるには練習しかない、もっとうまくなりたい、もっとうまくなりたいとやってきた25年」

ーーリーゼントがトレードマークだった。

「この髪型が単純に好きなだけ。プロに入って、何十人と選手がいる中、何か目立ちたい、注目されないと使ってもらえないなと。こだわってやってきた。ただ、野球に対しては、ちゃんとやるぞという気持ちをずっと持ってやってきた」

ーーリーゼントも引退と同時に卒業?

「卒業しません。できる限りやり続けたい」
   

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最終更新:2016/9/20(火) 18:00
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