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羽生善治が語る、二度と会えないライバルとの思い出

2016/10/20(木) 16:15配信

BuzzFeed Japan

1996年に前人未到の七冠を達成し、現在まで20年以上にわたり将棋界のトップに君臨する羽生善治三冠。

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将棋を知らずとも、この名前を知っている人は多いだろう。

その天才を追い詰める存在として、かつて「東の羽生、西の村山」と並び称されたのが、故・村山聖九段だ。

羽生と同世代の棋士として、10代のうちから頭角をあらわし、実力の拮抗したライバルとして熱戦を繰り広げた。

幼少期から肝臓の難病「ネフローゼ」を抱えていた村山は、プロ入り後に癌を患う。入院や手術を繰り返しながら、将棋を指し続けた。

最高クラスであるA級まで上り詰め、幼い頃から夢見たタイトル「名人」を射程に捉えたが、道半ばで病に倒れた。1998年に29歳の若さで亡くなった。

将棋に人生を捧げ、今なお棋界に影響を与える村山九段。彼の半生を描いた映画「聖の青春」の公開を記念し、10月19日に開催したイベントで、羽生三冠と同名小説の原作者である大崎善生さんが思い出を語り合った。

プロの中でも異質な存在

羽生は1970年生まれ、村山は1969年生まれ。羽生が1985年にプロ入りしたのに続くように、村山も翌年に四段昇段を決めた。

「10代から亡くなる直前まで、期間として言えば短いは短いかもしれないですが、村山さんとは貴重な思い出がたくさんあります」

羽生は、村山との出会いをこう振り返る。

「やはり最初に会った時のインパクトが、すごかったですね。関東と関西で離れていたので、お名前は知ってたんですけど直接会う機会はなくて」

「プロになりたての頃はどうしても荒削りですが、村山さんの将棋は特に『こんなのが最初の作戦で大丈夫?』と心配になることもありました。対局している姿も苦しそうというか辛そうな感じで、二重の意味で大丈夫なのかな? と」

「そんな状態で、指す将棋がとんでもない冴えと切れ味。その二面性に、棋士の中でも異質なタイプなんだなとしみじみと思っていました」

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最終更新:2016/10/20(木) 16:15
BuzzFeed Japan