ここから本文です

「社会に役立たないなら殺すという思想は、彼だけのものなのか」 ハンセン病から相模原事件、なお潜む優生思想

2016/11/2(水) 5:00配信

BuzzFeed Japan

神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で今年7月、入所者19人が刺殺された事件。元職員の容疑者は、ヒトラーの「優生思想」に影響を受けていた。【BuzzFeed Japan / 籏智広太】

障害が重い人を狙って、次々と19人を刺殺した容疑者は、「障害者なんていなくなればいい」などという主張を繰り返していた。衆議院議長にあてた手紙では、「障害者の抹殺」の目的は「世界経済の活性化」だと記している。

かつてこの国にあった「優生保護法」

障害や病気を抱える人たちを社会的に役に立たないと捉え、生まれてこないほうが良い、とする考え方が、優生思想だ。
この思想を背景に、ナチス・ドイツで実施された「T4作戦」では、知的・精神障害者約7万人が殺害された。

相模原の事件後の報道でも、ナチスが障害者を虐殺していたことが取りざたされた。しかし、日本にもたった20年前まで「優生保護法」という法律があったことは、あまり知られていない。

日本では、戦前から戦中にかけて、「優生学」の研究が活発になされていた。ただ、その理念が法律になったのは、終戦直後の1948年。「優生保護法」が制定され、障害者やハンセン病患者の「優生手術」が合法化された。

制定の1年前、社会党の国会議員が出した「優生保護法案」(審議未了)の第1条が、当時の政治家の思想を明快に示している。

”この法律は母体の生命健康を保護し、且つ不良な子孫の出生を防ぎ、以て文化国家建設に寄与することを目的とする”

法に基づき、人工妊娠中絶や不妊手術を強いられた人の多くは、ハンセン病患者だった。彼らは言う。「私たちは、人間であることを許されていなかった」と。

まるで犬か猫かのように扱われた

「屈辱でしたよ。いまも、許すことはできません」

そうBuzzFeed Newsの取材に話すのは平沢保治さん(89)。かつてハンセン病を患い、いまは治癒した「回復者」だ。

ハンセン病を発症し、14歳で国立療養所・多摩全生園に入所した平沢さんは、優生保護法に基づく「優生手術」によって断種(パイプカットなどの不妊手術)をさせられた経験がある。

日本は長年、国策として、ハンセン病を患った人たちを全国各地の「療養所」に隔離してきた。後遺症で手足や顔が変形してしまうことに加え、「移る病気」という間違った認識が一般的だったからだ。

外で暮らすことを許されなかったり、親戚に影響のないよう偽名を強いられたりと、ただでさえ、様々な差別を受けていた患者たち。新たな患者を増やさないという医師などの考えから、子どもをつくることは、許されなかった。

「同意が必要と言われていましたが、実質的には強制でした」

平沢さんが手術を受けたのは、1950年、23歳のときだ。当時、園内では手術を受けなければ結婚が認められなかったという。

「まるで犬か猫かのように扱われたんですよ。医師ではなく、看護婦に手術を受けたんです。戦後の日本で、優生保護法の下においてね」

1/4ページ

最終更新:2016/11/2(水) 5:00
BuzzFeed Japan