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築地市場は「もう限界」 残せばいいとの声に困惑する現場、追いつかぬ改修と多発する事故

2016/11/28(月) 5:00配信

BuzzFeed Japan

豊洲への移転をめぐって揺れる築地市場。「豊洲に問題があるのなら、築地に残せばいい」という意見もある。だが、もともと築地市場に限界が来ていたから移転の話が持ち上がった。【BuzzFeed Japan / 籏智広太、瀬谷健介】

築地市場のいまを伝える13枚の写真 漂うノスタルジーと揺れる移転問題

築地に残すことはあり得るのか。老朽化した建物を騙し騙し使っている現場の人はシンプルにこう言う。

「非常に厳しい」

築地市場の誕生

築地市場が開場したのは、1935(昭和10)年のことだ。

もともと東京の魚河岸は、江戸時代から日本橋にあった。しかし関東大震災で焼失。復興事業として、海軍技術研究所などの跡地に建てられたのが築地市場だ。

「鉄道輸送のためにつくられた市場なんです」。築地市場の設備課長を務める吉田順一さんはBuzzFeed Newsにそう語った。

たしかに上から見渡すと、大きなターミナル駅のように見える。

市場の開場と同時に開業した「東京市場駅」。大量の品物を積んだ貨車が出入りしていたが、戦後は自動車輸送が主流となり、1984年に廃止された。

名残はいまだに残っている。ホーム部分は健在で、いまでも工事のために道路を掘り返すと、レールが見つかるという。

いくつもの「絆創膏」

開場以来81年、使われ続けている多くの施設。それぞれにガタが来ている。

都の市場事務所が置かれる本館や、魚の卸売り場の一部は、開場当時から残るいちばん古い建物だ。戦後、昭和30年代後半につくられた部分も含め、老朽化が激しい。

雨漏りは日常茶飯事だ。「ターレー」と呼ばれる運搬車が走り回る通路にも、長年の磨耗により、大小様々なくぼみができている。

耐震性を不安視する声は大きい。東日本大震災では、本館の壁にひびが入るなどの被害があった。

しかし、市場が稼働している限り、屋根を付け替えたり、耐震性を高めたりする工事はできない。応急処置を繰り返し、年間1.5億円ほどかかるという。

「何度も補修をしていますが、追いついていません。築地で働く人は、いくつもの絆創膏を貼っている建物の中にいるようなものです」

「『築地は持ちますか』と質問されれば、現場で働く身からすると、『非常に厳しい』と答えるしかありません」

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最終更新:2016/11/28(月) 12:38
BuzzFeed Japan