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「どうせすべてを忘れてしまう」認知症の人と時を重ねることの意味とは?

2016/12/29(木) 12:10配信

THE PAGE

 みなさんは、自分の親が息子や娘を忘れる瞬間に立ち会ったことがありますか?

 認知症で、岩手にいた祖母(当時89歳)の次女であったわたしの叔母は、神奈川県在住。結婚を機に、10代で家を出ました。その後は、お盆や正月に会う程度でしたが、祖母が子宮頸がんで入院して再会したときには、8年も経っていました。自分の娘を見た祖母は、このように声をかけました。

 「神奈川ですか~、遠いところから来てくださって、ありがとうございます」

 他人行儀なこのコトバは、自分の娘を理解していないという意味でした。祖母の状態を知っていたわたしは、事前にショックを受けないよう「娘だと分からないかもよ」と伝えました。叔母も納得したうえで、再会したのですが、それでもショックは隠しきれませんでした。

 一方、30年以上生活を共にした長女(わたしの母)は、亡くなる最期の瞬間まで、自分の娘を理解していました。認知症になってしまうと、何も分からなくなると言われますが、娘2人の違いを見ていて、やはり一緒に過ごした時間や、苦労を共にした生活の日々の記憶は、認知症でも刻まれていると痛感しました。

介護者がほったらかすと、介護や看護の質が低下する

 叔母もほったらかしたわけではないのですが、結局8年というブランクは、母と娘の距離を遠ざける結果になってしまいました。

 この話のように、ついつい会う時間が作れなくて、ブランクが空いてしまうことがあります。例えば、介護施設や病院に認知症の人を預け、仕事が忙しくて全く行かなかったというケースです。介護職員、医療関係者の方々は、家族が会いに来なくとも、何も言いません。それでも、時には家族以上の愛情をもって、接してくださることもあります。あまりに会いに来ない家族に対して、声には出さなくとも、このように考えることがあるそうです。

 「あのご家族、預けっぱなしで、全く面会にも来ないけど、介護する気はあるのだろうか」

 自分が職員になったとして、全く面会に来ない家族をどう思いますか? わたしなら、家族が気にならないのか、心配にならないのか、こちらに丸投げかと感じると思います。そんなわたしも、祖母を療養型病床に預けたときは、こう言いました。

 「1カ月に1回ぐらい、様子を見に来ればいいでしょうか?」

 看護師さんは、

 「いえいえ、それでは少なすぎます。洗濯物などありますから、せめて週1回は……」

 病院を決めたことで、介護者の役割を果たしたと思ったのです。しかし、祖母が気になり、週2回は病院へ行くようになりました。祖母はわたしの顔を見ると、5秒ぐらいフリーズしたあとで、名前を呼んでくれました。亡くなる最期の瞬間まで、孫の顔を理解してくれていたことは、介護の達成感につながりました。

 医療・介護職の方々との適度なコミュニケーションは必要で、それをやらないとやる気のない患者家族、利用者家族ということになり、「無意識のうち」に介護や看護の質を低下させてしまいます。

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最終更新:2016/12/29(木) 12:10
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