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神出鬼没に買い占め 中江兆民が選んだ「非凡人なる31人」雨宮敬次郎(下)

2016/12/16(金) 15:30配信 有料

THE PAGE

 雨敬こと雨宮敬次郎は、手広く大がかりな買い占めを行ってきました。時に大きく儲け、時に大きく負けました。なかでも北海道炭礦鉄道(北炭)株の大一番は、雨敬の投資家人生の縮図にように思われます。巨額の資金と多くの人々を巻き込んだこの一連の取引と雨敬の人となりを市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。

  
  大がかりな買い占め、黒幕は誰だ?

 雨敬は神出鬼没である。砂金堀りに血眼になったかと思えば、鉄に入れ込む。そして炭鉱株の買い占めに賭ける。草創期の東京株式取引所(東株)では米商会所(のちの東京米穀取引所)株や参宮鉄道株の買い占めが語り草になっているが、もっと大がかりなものとして雨敬と横山源太郎による北海道炭礦鉄道(北炭)株の買い占めがある。1898(明治31)年のことだ。

 北炭は1889(明治22)年設立、資本金650万円の超大型株であったが、日清戦争バブル景気が弾けて不況にあえいでいた。株価も100円割れに沈んだ。そんな時、井野粂吉、石見権兵衛、副島延一、矢島平造などといった有力仲買店が立会場で買いの手を振った。時ならぬ大規模な買い注文に対し、黒幕は一体だれか、と株式市場ではさまざまな噂が流れた。

 「サミエル商会らしい」「いや英国が石炭の供給権を東洋で確立する狙いじゃないか」「フランスのカンという商人が買っている」「米国の駐日公使だったダンが首謀者だ」などと、揣摩(しま)憶測が飛び交い、国際的規模での買い占め戦が今にも始まろうとしていた。

 こうした大がかりな買い占めに向かって売り方に立ったのが、「天下の糸平」の息子2代目田中平八、今村銀行の今村清之助、さらには大手株仲買加東徳三といった一騎当千の猛者たちで、兜町地場ではこの大勝負の行方に注目が集まる。

 後に金万証券社長になる南波礼吉はその著『日本買占史』でこう書き残している。

 「当時私は、東株市場の人となって数年しかたたない若僧であったが、有名な相場師の連合的な売り向かいに対し、すこぶる巧妙な買い占め的商略を用いる首謀者の腰の強さに感心していた。世間の風説はその怪物が、何者であるかという噂はまちまちで、いずれもまことしやかに伝えられた。想像の波は広がりたいだけ広がった」

 1897(明治30)年9月から98(翌31)年3月まで7カ月間にわたり、買い方は現株を引き受け続けた。資金は無尽蔵かと思われるくらい、受けっぷりがよかった。 本文:3,878文字 この記事の続きをお読みいただくには、THE PAGE プラスの購入が必要です。

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最終更新:2016/12/16(金) 15:30
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