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北方領土にいた日本人の暮らしを知っていますか? 戦前の写真が心を揺さぶる

2016/12/15(木) 11:00配信

BuzzFeed Japan

12月15日、ロシアのプーチン大統領が来日し、安倍晋三首相の故郷・山口県で日ロ首脳会談を開く。注目が集まっているのは、北方領土の行方だ。【BuzzFeed Japan / 籏智広太】

【写真】北方領土、当時と近年の様子を比べてみる

北方領土とは、歯舞群島(はぼまい・ぐんとう)、色丹島(しこたん・とう)、国後島(くなしり・とう)、択捉島(えとろふ・とう)の4つを指す。

内閣府によると、終戦時、北方領土には3124世帯、1万7291人の日本人が住んでいた。

いまでは、日ロ両政府が領有を主張している。日本政府は「1945年8月の第二次世界大戦終了直後、ソ連軍(現ロシア軍)によって不法に占拠された」との立場だ。

面積約5千平方キロと、千葉や福岡とほぼ同じ広さの北方領土。BuzzFeed Newsは、千島歯舞諸島居住者連盟から当時の写真の提供を受けた。

北方領土は豊富な水産資源に恵まれ、漁業は主要産業のひとつだった。これは1930年の色丹島。鱈干しの様子だ。

海苔をすいたり、干したりしている様子もある。

色丹島の名前の由来は、アイヌ語で「大きな集落のある地」という意味だという。

これは、「多楽島」の小学校であった大運動会の様子だ。終戦時、北方領土には39校の国民学校などがあり、約3千人の児童が通っていたという。

歯舞群島には、5つの島に5千人以上が暮らしていた。

択捉島。捕鯨場で鯨を解体処理している様子も伺える。

いずれも、70年以上前の姿だ。

いま、北方領土に日本人は自由な行き来をすることができない。毎日新聞によると、現在の人口は約1万7千人。もちろん住んでいるのは、ロシア人だ。雰囲気はがらりと変わってしまった。

1956年の日ソ共同宣言には、歯舞群島と色丹島を日本に引き渡すと明記されている。ただ、これは両国の間に平和条約が結ばれたあとのことだ。

以来60年間、平和条約は結ばれていない。日本政府は、4島の帰属問題を解決することを目指しているが、今回の首脳会談で、果たして進展はあるのか。

読売新聞と日本テレビのインタビューに対し、プーチン大統領はこう答えたという。

「ロシアには、領土問題はまったくないと思っている。ロシアとの間に領土問題があると考えているのは日本だ。しかし、それについて我々は話し合う用意はある」

最終更新:2016/12/15(木) 11:48
BuzzFeed Japan