ここから本文です

英雄リンドバーグ夫妻が不時着 北方領土・択捉島紗那沼で撮った写真が現存

2016/12/28(水) 13:44配信

THE PAGE

 終戦から71年経過しましたが、いまだに解決していないのが、不法占拠されたままとなっている北方領土の問題です。終戦直後の1945(昭和20)年8月28日から同9月5日にかけて、旧ソ連軍の侵攻により、北方4島が占領されました。北方領土で暮らしていた人たちは、その後自力脱出したり、残された人たちは、旧ソ連兵とその家族らとの混住生活を強いられた後、1947~48(昭和22~23)年にかけて、強制的に島を追われ、樺太を経由して日本本土へ送還させられます。

【写真特集】戦前の北方領土 リンドバーグの飛行機不時着・択捉島の紗那

 島で撮影された写真の大半は旧ソ連に没収されました。しかし、元島民でつくる千島歯舞諸島居住者連盟(千島連盟)は自力で脱出できた島民が命がけで持ち出した写真を中心に約560点を収集。古くなり、劣化したものも多くなってきたことから、平成24年度デジタル化して保存する作業を行いました。千島連盟は「集まった写真は人物を写したものが多いですが、背景などから、島の当時の様子を知る大切な資料と考え、大切に保存しています」と話します。人々の表情や景色、風習…。一枚一枚の写真に、元島民が生き生きと暮らしていた証があります。

 今回、千島連盟から提供を受けたそれらの貴重な写真の中から、択捉島の風景を紹介します。

 1927(昭和2)年、プロペラ機でニューヨークとパリ間の大西洋単独無着陸に初めて成功したチャールズ・リンドバーグはその4年後の1931年、北太平洋航路開拓のため、夫妻でカナダ・アラスカ州を経て、日本に飛行します。その途中、濃霧のため、紗那(しゃな)沼に不時着し、花束を贈られるなど島民たちから歓迎を受けました。

 夫妻が乗っていた水上機が紗那沼に着水した様子や離陸したところ、島民たちとの記念写真が残っていました。妻のアン・モローがのちに、当時の様子を著書「NORTH TO THE ORIENT(邦題:翼よ、北に)」につづっています。

最終更新:2016/12/28(水) 16:30
THE PAGE