ここから本文です

築地市場、82年の歴史に潜むゴジラの影 「原爆マグロ」はどこに消えた?

2017/1/1(日) 9:00配信

BuzzFeed Japan

築地市場は、今年で82歳になる。約480種類の水産物が1日あたり1676トン(2014年)取り扱われている、世界最大級の卸売り市場。その一角にかつて、「原爆マグロ」が埋められたという事実は、あまり知られていない。【BuzzFeed Japan / 籏智広太】

【写真】築地市場のいまを伝える13枚 漂うノスタルジーと揺れる移転問題

あの「ゴジラ」にも着想を与えた、「第五福竜丸事件」にまつわる話だ。

各地に水揚げされた原爆マグロ

1954年3月1日。

太平洋・ビキニ環礁でアメリカが実施した水爆実験「ブラボー」に、日本の複数のマグロ漁船が巻き込まれた。うち一隻の「第五福竜丸」の乗組員が被曝し、半年後に無線長の男性が死亡した。

水爆実験で安住の地を奪われた、という設定の「ゴジラ」に着想を与えた「第五福竜丸事件」だ。

漁船の多くは、「死の灰」と呼ばれる放射性降下物を浴びた。その年の暮れまでに、各地の漁港には、計856隻から汚染されたマグロなどが水揚げされることになる。

汚染魚たちのことを、人々は「原子マグロ」や「原爆マグロ」と呼んだ。市場はパニックに陥り、マグロの価格は暴落。競りが不成立になるなど、被害は大きく拡大した。

広島、長崎の被爆から9年あまりしか経っていない時代だ。人々は「原爆」という言葉に強く反応したのだろう。

その年の11月に公開された映画「ゴジラ」には、こんな場面がある。電車内で、とある若い女性が不安げにつぶやくのだ。

“嫌ねえ、原子マグロだ、放射能雨だ、そのうえ今度はゴジラと来たわ。東京湾にでも上がり込んできたら、どうなるの。せっかく長崎の原爆から命拾いした大切な体なんだもの“

マグロはどこに消えた

各地の汚染魚たちをそのまま流通させるわけにもいかず、いずれも、地中に埋められたり、沖合で投棄されたりした。

築地市場に第五福竜丸から水揚げされたマグロ2トンが届いたのは、被曝から約2週間後。3月16日午前3時のことだった。

当時の朝日新聞(同日付夕刊)ではその様子をこう報じている。

築地市場からは同船の魚は街灯に流れていない模様。十六日午後一時半から原爆魚の放射能の測定を行った。

“放射能測定器で測定したところ、一ミリグラムのラジウムが持つ放射能と同程度の放射能が記録された。この放射能は相当強いもので、三十センチ以内に長くいると放射能の害を受けるし、またもちろん食べれば危険がある“

マグロたちは、やはりすぐに埋められた。翌朝の読売新聞「原子マグロ土葬 魚河岸はもう大丈夫」には、こんな記述がある。

“都衛生局で十六日夜六時から緊急会議を開き、マグロ、サメ等大物販売所に隔離してあった原子マグロを場外駐車場に運び出し地下二メートルに埋めるとともに場内を散水車で洗い斎藤科研所員が付近一帯をガイガー・カウンターで再検査したところ全く放射能は認めず……“

1/3ページ

最終更新:2017/1/1(日) 9:00
BuzzFeed Japan