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幕末・維新150年の節目 大阪にある「ゆかりの地」とは?

1/4(水) 15:24配信

THE PAGE

大坂の陣400年から幕末・維新150年へ

NHK大河ドラマ「真田丸」を含む大坂の陣400年ブームをリードしてきた大阪城天守閣(大阪市中央区)が、新たに「幕末・維新150年」キャンペーンを開始し、幕末・維新にちなむ大阪ゆかりの地マップを作成して配布を始めた。2017年、18年が、幕末明治維新から150年の節目を迎えるのを記念したもの。「日本初の新婚旅行旅立ちの地」があったり、中之島の蔵屋敷で、あの維新の志士が生まれたりなど。大阪のゆかりの地とは、いったいどんな所があるのか。

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大坂も幕末から維新への回り舞台だった

 1867年(慶応3)の大政奉還・王政復古の大号令、翌68年(慶応4・明治元)の戊辰戦争勃発。今年と来年は、幕末から維新への転換期から数えて150年の節目に当たる。幕末・維新の舞台と聞くと、江戸や京都を思い浮かべる人が多いだろうが、当時の大坂も歴史の大転換に欠かせない回り舞台を務めていた。

 江戸期の大坂は先進的な思想を持った人物を数多く輩出。幕末には国の行く末を案じる志士たちが集まり、倒幕に向けて行動を起こす。一方、政権の立て直しを図る幕府も動く。幕府直轄の城、大坂城の重要性を改めて見直し、時の将軍が何度も入城。内政改革や外交活動を果敢に展開しつつ、西の雄藩ににらみをきかす。

 奇しくも250年前の大坂の陣とは、正反対の布陣となった。大坂の陣では大坂城を拠点とする豊臣方を、徳川方が大軍で攻め立てた。

 幕末では徳川方が大坂城に陣取り、将軍が陣頭指揮に追われた。やがて、戊辰戦争に勝利した討幕軍が、幕府を大坂から駆逐。明治新政府が近代国家を目指す政策を、大坂で次々と実行に移した。現代の大阪には、150年前の激動の歴史を物語る多くの痕跡が残る。

 「幕末・維新150年大阪ゆかりの地マップ」に記載されたポイントからいくつか紹介しよう。

坂本龍馬が新婚旅行へ旅立った港は?

 大阪港の天保山公園。坂本龍馬と妻のお龍にまつわる灯ろう型の顕彰碑が立つ。テーマは「日本初の新婚旅行旅立ちの地」。

 龍馬は1866年(慶応2)1月、寺田屋で幕府側に襲撃され負傷するものの、お龍の機転に助けられ脱出に成功。西郷隆盛のすすめで同年3月、薩摩藩の軍艦に乗り込んで、九州へ。お龍とともに霧島や高千穂を周遊して英気を養う。

 事実上の日本初のハネムーンだ。先日天保山公園を訪ねると、若いカップルが大勢いたが、スマホ片手にポケモンGOゲームに夢中だった。

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最終更新:1/4(水) 15:24
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