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「公表を控え仕事を続けた」 元おニャン子・生稲晃子が明かす“がん闘病“、そして“働き方改革実現会議“

AbemaTIMES 1/12(木) 14:28配信

(C)AbemaTV

 フリーアナウンサー・小林麻央さんのがん闘病を綴ったブログや報道により、がんへの関心が高まってきている。

 先週、麻央さんは昨年6月のがん公表後初めてテレビに出演し、自身の思いを涙ながらに語った。出演後の麻央さんのブログには「早くも『2017年』の家族を想像しました。昨年の春は、入院していたので、今年は、家族と一緒に桜をみたいです」と、“今年の目標“が綴られていた。

 麻央さんのブログをきっかけに、がん患者との向き合い方に注目が集まり、がんと社会の関係も変わりつつある。

 麻央さんのブログをきっかけに、がん患者との向き合い方に注目が集まり、がんと社会の関係も変わりつつある。

 「病気を抱えた労働者へ、家族・同僚・上司だけでなく会社全体が理解し、フォローする時代が来ている」と話すのは、1980年代後半に一世を風靡した『おニャン子クラブ』の元メンバーの生稲晃子さん。実は生稲さん自身も、がんに冒されていた過去がある。

 アイドルユニット『うしろ髪ひかれ隊』で人気を集め、おニャン子クラブ卒業後は、女優やリポーターとして活躍。しかし、2011年43歳の時に、乳がんが発覚。早期発見だったが、患部を切除する手術を受けるも2度再発、合わせて5度の手術を経験した。

 しかし生稲さんは、がんに侵されていることを公表することを控えたまま、治療と仕事を両立させようとした。

 「2011年頃、テレビ朝日で『ちい散歩』という番組のレギュラーをさせていただいていました。“散歩“という名前が付くということは健康番組なので、がんという病気は番組の内容にはそぐわないのではと思い、公表を控えていました。治療で外見が変化し、他人に分かってしまうようなら公表するしかないと思っていましたが、元気で頑張れるなら言わないでいようと…」と、当時の心境を話す。

 そして、『ちい散歩』終了時、同じ辛い思いをしている人たちに少しでも勇気を与えられたらと公表を決意した。がんの発覚からおよそ4年8ヶ月後のことだった。

 今月7日、東京都が難病やがん患者の復職支援や通院休暇制度を導入する企業への助成制度を推進する方針を明らかにするなど、徐々にがん患者が「働きやすい社会」へと変わり始めている。

 生稲さんも、昨年には政府の「働き方改革実現会議」の有識者の一人として、自身の経験をもとに病気の治療と仕事の両立を図れる環境づくりを提案している。

 山梨県でがん患者に対して行ったアンケートによると、18.7%が「退職」、16.6%が「休職」、そして、職場内での異動など働き方に変化があった人の割合は約6割にものぼっている。また、中小企業経営者などに対するアンケート(一般社団法人CSRプロジェクト)では、がんになった従業員の治療と仕事の両立については19.0%が「無理」、42.0%が「難しい」と回答している。

 「中小企業などは、一人が休むと経営が厳しくなってしまう。がん患者の対応を企業に任せるのではなく社会全体でのフォローが必要だ」と生稲さん。

  転職せざるを得なかった人たちにその理由を尋ねると、理由として一番に挙げられるのが「倦怠感」、次に「働く意欲の低下」なのだという。会社側が手を差し伸べても、がんになった方達が心を上手くコントロール出来ず辞めていくケースが多いということだ。

 がんに限らず、大きな病気をした後は、心のバランスをケアも重要だ。生稲さんも、治療の過程で女性ホルモンを減らす薬を投与、ホルモンのバランスが崩れ、軽い鬱症状を感じたことから、心理カウンセラーなど心のケアするプロの導入を「働き方改革実現会議」で提案しているという。

 「将来は2人に1人ががんになる時代。仕事を辞めている場合ではない、病気になっても強く生きがいを持って働いていかなければいけない。そして、そのためには社会の理解が必要」と、がんへの向き合い方について力強く語った。

最終更新:1/12(木) 14:46

AbemaTIMES

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