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男性投資家の模倣から女性実業家へ 高津ヨネと中村照子 投資家の光と影

1/27(金) 15:40配信 有料

THE PAGE

 明治から大正に活躍した女性投資家に高津ヨネと中村照子がいます。これまでは著名な男性の投資家に寄り添って、相場を覚えたという女性は存在していました。しかし、時が進むにつれ、経営者としての役割を担う女性の実業家と呼ばれる人たちも出現してきました。より大きく、より大胆に賭けてもうけた高津ヨネと中村照子の投資家人生を市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。

  「女もうけ頭」高津ヨネの「さよか」の意味とは?

 明治大正時代、「砂糖界の三ヨネ」という言葉がはやった。鈴木岩次郎、高津久右衛門、岩崎定三郎は関西の砂糖業界の実力者としてのしていたが、3人の妻がいずれも「ヨネ」だったため「砂糖界の三ヨネ」と束ねて呼ばれた。そして「三ヨネ」はいずれも相場の腕が確かだったと伝えられる。中でも高津ヨネは抜群の腕前を誇る。ヨネのもとには多くの証券会社が押し寄せ、注文をもらうと足早に取引所へ向かった。夫久右衛門の洋行中に相場で大当たりをやってのけ、夫が帰ってくると木造の店舗が鉄筋コンクリートに建て替わっていたとのエピソードがあるほど。

 「ヨネは客におまけを惜しまなかった。主婦には砂糖の分量をまけてやり、丁稚(でっち)や子供たちには黒砂糖や氷砂糖をにこやかにおまけしてやることを心掛けた。ケチケチ精神ではとても新しい店が客の心をつかむことはできない」(梅林喜久生著『実録相場師』)

 欧州大戦景気に沸き立つ大正時代、高津ヨネは北浜で「女もうけ頭」と呼ばれるようになる。北浜や堂島の仲買人たちの“ヨネさん詣で”は一層頻繁になるが、ヨネは彼らに等しく注文を出すようなことはしない。仲買人たちがいくら熱心に株や商品への投資を勧めても、納得がいかないときは「さよか」と否定も肯定もしない。仲買人たちは「さよか」の真意を計りかね、「買っていただけるでしょうか」と畳かける。

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最終更新:2/1(水) 17:06
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