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大火から1か月 雪の下に残るがれき、ボランティアらが見守る糸魚川

1/28(土) 17:20配信

THE PAGE

 新潟県糸魚川市で昨年12月22日発生した「糸魚川駅北大火」は、年明け以降の大雪の中、がれきの撤去作業が続いています。重機などが各所で動いていますが、市民の姿はまばら。多くの被災者は公営・民間の住宅や親類宅などに身を寄せています。全国からのボランティアは数は減りながらも息長く続いており、市内での支援物資の給付も地道に行われています。南の強風が吹く27日、被災地を訪れました。

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続く避難生活、被災者の話の聞き役に

 糸魚川駅前から北側の日本海に向けて大火となった一帯は、市の「駅北大火対策本部」の調べで、焼失面積(被災エリア)が約4万平方メートル。全焼20棟を含む147棟が焼損しました。

 この日の市街地は、まだ多くのがれきが山積みで、雪の下に。重機で少しずつがれきをはぎ取っていく慎重な作業が続きます。通りかかる市民は静かに作業を見守り、中には立ち尽くして焼け跡を見守る女性もいました。国や新潟県、糸魚川市の職員らが腕章や名札を付けて被災地を歩き回り、本格的な調査が長く続いていることをうかがわせます。

 焼け跡を自転車で駅に向かっていた東京からのボランティア男性(52)は、「26日からこちらに来たが、ほぼ僕らのやる仕事はなくなり、地元のボランティアに引き継ぐような状況ですね」。仕事は飲食業という男性は「昨年の熊本地震にも長いことボランティアで行きましたが、倒れてきたブロックで腕をけがするなど、きつかった」。ボランティアの動機について「災害があると放っておけない。それだけです」と話し、この日で東京に引き上げる、と話しました。

 千葉県印旛郡から来て5日目になるという男性(62)は「ここでは手がすいたら自分で仕事を探し、被災者の話の聞き役になったりしています。避難先で1か月もたつとストレスが増してつらいようです。僕らが部外者のボランティアだから気を許して話してくれる悩みなんですね」。

 男性は高齢の親の世話のため以前の仕事をやめたが、両親とも亡くなったため8年前からボランティア一筋の生活に。東日本大震災の際も長期にわたり釜石との間を往復。現地の漁師と懇意になり漁船に乗せられたことも。「今でもその漁師から、釜石に来ないかと連絡があるんですよ」。

 糸魚川に来て気が付いたことは「被災した人たちは、人に迷惑をかけたくないという気持ちがとても強い。起きたことは仕方がないから、また頑張ろうという気持ちも」と話しました。

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最終更新:2/1(水) 16:56
THE PAGE

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