ここから本文です

ギリシャに難民児童向けの学校、欧州での生活に備え

1/28(土) 9:00配信

The Telegraph

【記者:Katy Fallon】
「見て、見て! エルサ(Elsa)だ!」──ミュラド君(9)は興奮しながらスクリーンを指さした。

 彼も同年代の子たちと同じように映画『アナと雪の女王(Frozen)』の大ファンだ。ただし、彼が映画観賞をしているのは、ギリシャ北西部の風が吹きすさぶ丘陵地に作られた難民キャンプの中。テント内の冷たい床に座ってスクリーンを見つめている。

 私は昨年10月初旬に、友人で小学校教師のエミリーと落ち合うためギリシャに入った。エミリーは、同じく教師のジェームズと慈善団体エドルミノ(Edlumino)の支援活動に参加し、私がギリシャに着く3週間前から難民キャンプで教えていた。キャンプのテントは、国際医療支援団体「国境なき医師団(MSF)」のもので、雨の日には浸水するような状態だった。

 キャンプに向かう途中、エミリーは私に言った。子どもたちは車を見たら押し寄せて来るだろうから、気を付けた方がいいと。

 彼女が予想した通り、大勢の子どもたちが駆け寄って来て、誰が私たちと手をつなぐのか、誰が私たちのかばんを持つのかをめぐって言い争いを始めた。

 そのキャンプにいた難民は皆、イラク北部から逃れてきた少数派のヤジディー(Yazidi)教徒だった。イラクに侵攻したイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」が2014年8月にヤジディーの虐殺を図った時に逃げてきたのだった。

 彼らは昨年7月に、それまでいた近隣のより大きなキャンプからここに移ってきていた。身の危険を感じたためだった。ヤジディー教徒はイスラム教徒ではないために、他の難民から迫害されることが少なくない。

 ギリシャでの2日目、私たちは学校施設へと移動した。その学校は、有給休暇を取ってボランティア活動をしているスペイン人のダビドが人道支援団体カルエイド(CalAid)と共に建てたものだった。カルエイドはフランス北部の港町カレー(Calais)に多くの難民が押し寄せた「難民危機」に対処するために活動を始めたが、現在はギリシャに拠点を置いている。

 私たちにはその施設を、なるべくきちんとした学校にしたいという強い思いがあった。午前10時半から午後12時半まで、さらに午後2時から午後4時まで教えた。子どもたちの学習意欲に頭が下がる思いをすることも一度ならずあった。始業時間の30分前から整列していることもしばしばだった。

 休憩時間に子どもたちを学校外へ退出させるのも、最も骨が折れたことの一つだ。誰も帰りたがらず、中には作業が終わるまで自席から断固立ち上がらない子もいた。ベテラン教師のエミリーとジェームズでさえ、休憩を取らせるのに苦労したことなどないと驚いていた。

 一方で、けんかや投石、怒りの爆発といった問題も時には起こった。学校環境のリズムや規律に慣れさせるのも大事だった。イラクから逃れて以降、教育が途切れ途切れ、または皆無という状況も多く、避難する前から就学機会に恵まれていなかった子どもも大勢いた。

 より根深い問題があるのも明らかだった。ISについて語る子もいれば、その名を聞いて耳をふさぐ子もいた。ある日キャンプから帰ろうとした私に、エマド君(10)が「ダーイシュ(Daesh、ISのアラビア語名の略称)を知ってる?」と聞いてきた。「彼らはイラクの町なかでたくさんの男の人や男の子を殺した。僕、見たんだ」とエマド君は語った。幼い子どもたちの口から時折漏らされる恐怖は、筆舌に尽くし難いものがある。

 異常な状況であることを忘れてはならない。子どもたちはギリシャの学校に通うことになると以前から約束されているにもかかわらず、私たちがクリスマスを前にギリシャから出た時になっても、子どもたちの教育がどうなるのかという具体的な見通しはいまだ立っていなかった。

 私たちが運営した学校はもうなくなり、現時点ではあの子たちの教育が今後どうなるのか分からない。しかも彼らだけではない。今ギリシャに身を寄せている何千人もの難民の子どもたちが同じ運命に直面している。【翻訳編集】AFPBB News

最終更新:1/28(土) 9:00
The Telegraph