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幻の由義寺発見 壮大な七重塔が建っていた?八尾の東弓削遺跡

2/13(月) 12:43配信

THE PAGE

幻の由義寺発見 壮大な七重塔が建っていた?八尾の東弓削遺跡 撮影:岡村雅之 編集:柳曽文隆 THEPAGE大阪

 文献に登場するだけで存在が確認されていなかった古代寺院由義寺(弓削寺)の七重塔とみられる遺構が出土した大阪府八尾市の東弓削遺跡で11日、現地説明会が開かれ、大勢の考古学ファンらが詰めかけた。古代史に新たな1ページを刻む画期的な発見だけに、あいにくの寒さを吹き飛ばすような熱気に包まれた。由義寺を中心に造営されたとされる幻の都・西京(にしのきょう)の解明へ、夢は広がる。

由義寺は実在した? 八尾・東弓削遺跡から古代瓦出土

東大寺東塔に次ぐ壮大な七重塔

 出土したのは、約20メートル四方の塔基壇とみられる遺構。平城京にある東大寺東塔の24メートルに次ぎ、大安寺の約21メートルに匹敵する大きさだ。東大寺や大安寺と同様、壮大な七重塔だった可能性が高い。

 基壇と推定できる決め手は「版築」(はんちく)。粘質土と砂質土を交互に突き固める工法で、多重塔の重量に耐えられる強度を持つ。発掘現場の一部から、厚さ70センチで5層になった良好な版築が姿を現した。

 多重塔を建てるには、塔の中心柱を支える心礎と呼ばれる巨大礎石が欠かせない。現地は近世以降農地として利用されてきたため、大きな石は耕作を妨げるなどの理由から除去されたらしく、発見されなかった。

 しかし、基壇中心部の穴から大きさ1・3メートル×1・0メートル、厚さ0・5メートルの平らな石が出土。中心柱を支える心礎としては小さいものの、中心柱を補強する四天柱や側柱の礎石ではないかと推定される。基壇を固めるために投入されたとみられる50センチ前後の大きさの石も、列状に並んで発見された。明確な設計思想に基づき、重さや形状の異なる石を、目的に応じて使い分ける古代建築技術の高さを物語る。

火災に遭い紅蓮の炎を包まれて倒壊か

 一方で、古代人の精神性を感じ取れる遺物も出土した。基壇中心部の石の間に、和同開珎(わどうかいちん)16枚などの通貨が点在していることが分かった。金属である通貨は古代の貴重品。寺院建立に際して、工事の安全を祈る地鎮祭でまかれたようだ。

 確かな技術と厚い信仰のおかげで、無事完成した七重塔。高さはどれぐらいだったのか。特定は困難だが、調査関係者によると、50メートル前後と推定してもよいという。生駒の山々を借景にしてそびえたつ様子は、華麗にして荘厳だったに違いない。しかし、悲劇的な結末が待っていた。

 基壇中心部から出土した瓦や壁土などは、焼けた痕跡を残す。中心部からやや離れた場所で、塔頂部の装飾品である相輪(そうりん)の部材が見つかった。伏鉢(ふくばち)と呼ばれる直径約90センチの銅製品の一部だ。焼けた痕跡と、塔の頂部を飾っていたはずの伏鉢は、何を意味しているのか。

 時代は分からないが、塔が火災によって倒壊したと考えられるという。倒壊に伴い、伏鉢が落下し、地上にたたきつけられ破壊された。美しい七重塔が紅蓮の炎をあげながら焼け落ちる情景が、目に浮かぶ。

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最終更新:2/19(日) 17:13
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