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義母の介護、対処しきれなかったストレス 女性作家の告白

2/25(土) 9:00配信

The Telegraph

【記者:Kate Beaufoy】
 私の夫の母親エレノアはかつて、快活で頭の回転が速く、自立したすてきな女性だった。私は彼女を「義母」ではなく、フランス語で「美しい母」を意味する「ベルメール」と呼んでいた。老年に差し掛かっても、若い頃と変わらず本当に美しかったからだ。

 しかし、80歳の誕生日を迎える頃のある日、ベルメールは「うーん」とうめき声を漏らして腰を下ろしたきり、誰かの助けなしでは二度と立ち上がれなくなった。愛犬だったダックスフントが5年前に死んでしまい、犬の散歩に行かなくなっていた彼女の足の筋肉は衰えていた。夫と死別して独り暮らしだった彼女はすぐに、自分で食事することも着替えることも、風呂に入ることもできなくなった。生きる喜びと気力を徐々に失い、かつては機知に富むジョークをよく飛ばしていた口からは、辛辣(しんらつ)でとげのある嫌みが発せられるようになった。

 記憶力と体力、どちらが先に衰えたのかについて考えるのは、卵が先か鶏が先かという問題を考えるのと同じだ。私と夫はしばらくの間、事態はそれ以上悪くはならないはずだと思い込むふりをしながら、何とかやっていた。だが彼女が転倒したり鍋を火にかけたままにしたりするようになると、私たちは24時間介護が必要だと認識した。

 2人の素晴らしい女性が3週間交代で来て、介護してくれるようになった。このシステムは最初はうまく機能したが、それも、ベルメールが2人のうちの1人に理由もなく嫌悪感を示し暴力的になるまでのことだった。激しい小競り合いの末、その介護士は二度と来なくなり、3週間、私が代わりを務めてみることになった。

 私以外に選択肢はなかった。娘は学校を卒業し、外国を旅行していた。夫は夜間に劇場で働いていた。作家の私なら、どこでも仕事ができる。

 ベルメールの家は、市中心部の私たちの家から車で50分かかる、やや離れた場所にあった。だがその半面、日当たりのいい庭があるなど、静かで穏やかな環境の中で小説を書き上げることができると期待していた。

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最終更新:2/25(土) 9:00
The Telegraph