ここから本文です

リオ選考で悔しい思いをした渡辺「結果がすべて」

2/26(日) 12:36配信

カンパラプレス

 東京マラソン 2017を制した渡辺勝(TOPPAN)。2013年、初めて出場したIPC陸上競技世界選手権では10000mで銀メダルを獲得し、急成長の若き車いすランナーとして注目の存在となった。2014年からはトラック競技の中距離をメインにし、「パラリンピックで勝つこと」を目標としてきた。そんな彼にとって、リオデジャネイロパラリンピックに出場することは最低条件であった。しかし、リオへの扉は開かれなかった。
「自分には、パラリンピックに出場するための力がなかった、ということです。改めて、結果が全ての世界なんだな、ということを実感しました」
 厳しい現実を突きつけられたリオの代表選考は、果たして24歳のランナーに何をもたらしたのか。渡辺にインタビューした。

必要だった「ひとりでもタイムを出す力」

 日本のパラ陸上におけるリオの代表選考は、2016年6月4、5日に行われたジャパンパラ競技大会までの成績や記録、世界ランキングによって行われた。2015年に思うような結果を残すことができなかった渡辺にとって、今年の年明けからの約半年間は最後のチャンスとなっていた。特に、彼が照準を合わせていたのは、5月のスイス遠征だった。そこで自己ベスト更新を狙い、ひとつでも世界ランキングを上げようと考えていた。

 スイスに入る前、渡辺には確かな手応えと自信があった。
「これなら絶対にいける」
 心身のコンディションも、新調し改良を重ねてきたレーサーの状態も、すべて完璧と思えるほど、調子の良さを感じていた。

 しかし、スイスでの結果は思わしくなかった。2大会で計7レースに出場したが、一度も自己ベストを更新することはできなかった。いったい、何があったのか――。

「結局は、自分に力がなかった、ということです」
 渡辺は、そうきっぱりと言い切った。
「あの時の僕は、持っている力をすべて出すための準備を整えて、レースに挑みました。今、振り返っても100%の状態に仕上がっていたと思います。でも、それだけでは足りなかったんです」

 車いす陸上のレースでは、選手同士の複雑な駆け引きが行われている。どこで前に出るのか、どこまで後方に下がっているのか。トラックの内側を走るのか、外側から前を狙うのか。アタックをかけるタイミングや、走るポジショニングなど、実にさまざまな要素が絡みあっている。そうした中での勝負に対して、渡辺には自信があった。しかし、代表選考を考えた場合には、もうひとつ重要な力が必要とされていた。それは、レース展開に左右されることなく、タイムを狙いにいく力だった。

 渡辺は言う。
「スイスでは自己ベストを出して、ひとつでも世界ランキングを上げることが最大の目的でした。そうであるなら、たとえ他の選手のペースが落ちても、一緒に落ちてしまうのではなくて、ひとりでも前を走り切ってタイムを出しに行かなければいけなかったんです。でも、その時の僕には、自分ひとりでタイムを出す力がなかった。今思えば、海外のトップ選手とローテーションしながらという中で引き上げてもらってタイムを出そう、という人任せに考えていた部分があったのだと思います」

 スイスでのレースは、あいにくの雨模様ということもあってか、予想以上にスローペースとなった。また、既にリオ代表の当確圏内であったり、タイムや世界ランキングではなく順位による選考の国・地域の選手は、無理に好タイムを出す必要はなく、最終的に勝つレースをすれば良かった。予想以上にペースが上がらなかった要因は、そんなところにあったのかもしれない。しかし、世界ランキングを上げる必要があった渡辺だけは、たとえひとりでもタイムを狙う走りをしなければならなかった。しかし当時、その力はなかった。渡辺にとって、それがスイスでの「すべて」だったーー。

1/3ページ

最終更新:7/14(金) 20:03
カンパラプレス