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熱湯かけられ、傷口に唐辛子…児童労働の悪夢 ミャンマー

3/1(水) 15:16配信

AFPBB News

(c)AFPBB News

【3月1日 AFP】元雇用主から沸騰したお湯をかけられ、キン・キン・トゥンさん(14)の背中は、やけどの痕でパッチワークのようになっている──彼女はオレンジを2個盗んだと非難され、そして盗んだ数と同じだけと熱湯を2杯かけられた。

 キン・キン・トゥンさんと妹はミャンマー南部の都市モーラミャイン(Mawlamyine)で使用人として数年間にわたって働いていた。同国ではこの2人のように、多くの子どもたちが裕福な家で使用人として働き「隠れた労働力」となっている。

「(元雇用主の)エー・エー・ソーはフラスコ瓶で私の体の左側に(熱湯を)かけた。彼女に正直に話せと言われ、盗んでいないと答えたら、(今度は)殴られた」「私が熱いと叫び声を上げると、彼女は頭を殴ってきた。たくさんの血が流れた」とキン・キン・トゥンさんは振るわれた暴力行為について説明した。

 傷害の罪に問われたエー・エー・ソー被告(40)は、今月モーラミャインの裁判所に出廷した。だが児童に対する暴行の罪には問われておらず、そのため保釈が認められる可能性もある。AFPの取材に同被告が応じることはなかった。

 キン・キン・トゥンさんが保護されたのは2016年12月末、地元NGOのティ・ティ・ヌウェさんによってだった。それまでに3年間、夫と死別したエー・エー・ソー被告と彼女の母親が住む家で使用人として働き、また彼女たちが営むケータリングサービスの接客係としても雇われていた。

 キン・キン・トゥンさんは、父親の医療費を稼ぐために、エー・エー・ソー被告の家に使用人として送られた。妹のタジン・アウンさん(12)もその後に連れていかれた。

 働き始めた当初は、1日17時間の労働で月に3万チャット(約2500円)が支払われていたが、父親が2015年に死去したあとは、賃金が支払われることはなく、暴力も始まった。

 同じケータリング会社で働いていたラ・シュエさんは、昨年12月の熱湯の事件を目撃したと話す。エー・エー・ソー被告は熱湯をかける前に、キン・キン・トゥンさんに服を脱ぐよう命じたという。「私はその状況をただ見ていることしかできなかった。私に何ができたでしょう? 何も言うことができなかった」と涙ながらに語った。

■「監視は不可能に近い」

 ミャンマーではキン・キン・トゥンさん姉妹のほかにも、急成長する都市部で増えるエリート層の家で使用人として働き、家計を助けている子どもたちが大勢いる。

 この児童労働の問題は昨年、最大都市ヤンゴン(Yangon)の洋裁店で使用人として働いていた10代の少女2人が救出されたことから注目を集めた。彼女たちは5年間、睡眠も食事もろくに与えられず、殴られたり刺されたりするなどの暴力行為を受けていた。

 この事件はミャンマーに衝撃を与え、大統領は捜査を命じた。同国の事実上の指導者であるアウン・サン・スー・チー(Aung San Suu Kyi)氏は、人権擁護を約束しているが、具体的な対策は何も取られていない。

 国際労働機関(ILO)ヤンゴン支部の連絡調整官代理のピヤマル・ピチャイワンセ(Piyamal Pichaiwongse)氏は「監視は不可能に近い」と話す。そして「(子どもたちを)守る最善の方策はやはり、教育と貧困の削減だ」と指摘した。

 ティ・ティ・ヌウェさんのNGOの事務所で語ったキン・キン・トゥンさんによると、縛り上げられて、燃える木で焼き印を押されたこともあるという。

 また、姉妹で血が出るまで殴り合い、傷口に唐辛子の粉や酢などを塗れと強制されたこともあった。「言われた通りにしなかったら殴られるので、やるしかなかった」と目に涙をためながら静かに語った。

 キン・キン・トゥンさんは、今でも目まいがすることがあるという。ただ、妹と一緒に新しい人生を歩んでいけることに希望を見いだしており、「妹には学校に戻ってほしい」と語る。そして自らについては、「この年で学校に戻れるのだろうか?」とつぶやいた。2月13日撮影。(c)AFPBB News

最終更新:3/1(水) 16:22
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