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2007年の「天下り」規制と背景とは? 坂東太郎のよく分かる時事用語

3/4(土) 18:00配信

THE PAGE

 文部科学省の組織的な「天下り」あっせんが問題となっています。安倍晋三首相はすべての府省庁に実態調査を指示。文科省は3月末までの最終報告へ向け内部調査を進めています。官僚の天下りはこれまでもたびたび批判を集め、その規制に向けて、2007年には国家公務員法が改正されました。なぜ天下りは後を絶たないのか。どんな法改正が行われたのか。あらためてみてみましょう。

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「早期退職」の慣行も背景に

 霞が関官僚の「天下り」の背景には、独特の慣行も影響しているといわれます。かつての「早期退職勧奨」制度です。

 官僚とは国家公務員試験で最も難しい種類を突破して、各府省の面接にも勝ち抜かないとスタートが切れません。1984年度までが国家公務員上級(甲種)試験、85年度から2011年度まで国家公務員1種試験、12年からは国家公務員総合職試験(大卒、院卒程度)と名称が変わっています。毎年全部で約600人が採用されています。

 出世は早く、本省の課長クラスまでは、つつがない公務員生活を送りさえすれば事実上保証されています。

 課長以上になるといよいよ「官僚」と呼ばれます。最大の仕事である予算案の策定や閣法の企画立案や府省に与えられているさまざまな権限の行使ができます。許認可権がその代表的な力でしょう。通達や通知という形で指揮監督権も振るえます。

 では課長以降の官僚人生はどうでしょうか。とりあえず花形の課長になれるかどうかです。あるいはワンランク上の局長になれるのか。ここから一挙に狭き門と化します。出世は入省年次が重視され、官僚人生の最後まで付きまといます。その序列は既に試験の成績で入省前から何となく決まっていますが、「せーの!」で一斉昇格している間に頭角を現したり、反対に転落したりすると順位が逆転します。それがだいたい40歳ぐらいで同期の中で差が出てきます。

 大臣官房の課長職がそのエリートコースの幕開けである省が目立ちます。大臣官房とは企業でいう総務部とか社長室とか呼ばれる地位を占め、他の局より格上といえます。他には総務省だと秘書課長、総務課長、会計課長、企画課長、広報室長など。また局の中でも省によって「花形」とされるところの課長も出世コースの一端です。

次の局長クラスとなると数がぐっと減ってきます。同期でも多くは昇進がかないません。企業では「万年課長」も当たり前に存在するものの、官僚コースだと後輩の年次に譲っていかなくてはならないため、そうもいきません。そこで天下りポストを用意した上で、コースを外れそうな官僚を“肩たたき”します。「早期退職勧奨」と呼ばれ、多くが従って天下っていくのです

 さらに上の官房長や「次官待ちポスト」と呼ばれる審議官ともなると席が本当になくなっていきます。事務次官になれるのは多くの場合、同期から1人。他のほとんどが天下って所管の独立行政法人などに去っていきます。「私はずっといたい!」と願えば定年までいられるものの、肩身がせまいので選択する人は多くありません。

 外局がある場合には、その長官が事務次官に次ぐ地位となります。多くの場合、事務次官になれそうにない同期ナンバーツーの「上がり」ポストとみなされています。

 したがって事務次官は、同期の最優秀1人だけが1年程度就任できる勝者ポストなのです。

ちなみに、2013年10月に従来の「早期退職勧奨」は廃止され、新しい早期退職募集の制度がスタートしました。ただ、いわゆる「早期退職」の慣行はいまだに残っているとの見方があります。

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最終更新:4/9(日) 13:28
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