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音楽教諭から校長に 大阪府立夕陽丘高・恩知理加校長の生き方

3/9(木) 12:03配信

THE PAGE

大阪府内の公立高校では唯一の音楽科

音楽教諭から校長に 大阪府立夕陽丘高・恩知理加校長の生き方 撮影・編集:柳曽文隆 THEPAGE大阪 音楽:イーゼル芸術工房

 大阪市天王寺区にある大阪府立夕陽丘高校。ここは大阪府内の公立高校では唯一の音楽科が設置されており、今年で創立111周年を迎える歴史ある学校としても知られている。同校の校長を務めるのは、今年で就任2年となる恩知理加校長だ。高校の音楽教諭から校長に就任したという経歴の持ち主で、現在は地域に根ざした活動が注目されるなど、様々な面で奮闘中の恩知校長の生き方に迫る。

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音楽教諭から「たたきあげ」で校長に就任

 恩知校長は、府立平野高で10年、府立夕陽丘高で11年にわたり、音楽教諭として生徒を教えてきた。夕陽丘高教諭時代に府教育センターでの指導主事を兼務するようになり、初任者や音楽教諭の研修などを担当。後に府教育センター附属高で教頭を2年務め、校長として夕陽丘高に帰ってきた。音楽教諭から「たたきあげ」で校長に就任するケースはこれまでにもあるが「数としては非常に少ないケースかもしれませんね」と話す。

 夕陽丘高校は現在、各学年8クラスのうち7クラスが普通科、1クラス(40人)が音楽科の生徒。1、2年生が全体の授業のうち音楽の専門授業が3分の1を占め、3年生になると授業全体の半分が音楽を占める。恩知校長に聞くと、将来的には演奏家やピアニスト、オペラ歌手、オーケストラの団員など、演奏家のプロになる人。また、学校の教員や府内でも幼稚園、小中高の先生や音楽教育を推進するリーダーになろうと、そういう職種を目指す生徒たちを教えているという。

 現場の音楽教諭として同高へ赴任した際は、まだ同校に音楽科が設置され間もないころだった。自身が声楽を専門としていたことから、合唱などマンツーマンで声楽の実技など教えていたという。

いちばんの夢は声楽家になることだった学生時代

 そんな恩知校長だが、どのような人生を歩んできたのだろうか? 聞けば子供のころからピアノを習っていたという。

 指導してくれた先生が声楽も教えていたことから、中学3年生で声楽を学び「このほうがよく伸びるかな」と思い、本格的にその道を進んだ。大学では「特設音楽課程」で声楽を続け、大学院にも進学。将来は「声楽家になりたい」という夢をずっと抱き、その目標に向け日々ひたすら学び続けた。

 留学なども考えたが、現実という壁にぶつかる。「本当の夢、一番の夢は声楽家になりたかったんです。けど、留学に行って帰ってきたとしても、なかなか職業がないし、経済的なことを考え、その夢はあきらめました」

 だが、もう一つの夢があった。「小さい時から友達に物事を教えるのが好きで、周囲になにかが『わからない』という子がいたら、それについて分かるまで教え続けました。そして、その子が『分かった』というとそれがうれしかったんです」。そう、そうしたことから人に教えることのうれしさを知り、教諭の道を志した。そして、採用枠3人の試験に210人が臨んだ採用試験を受け、見事に合格枠を勝ち取った。

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最終更新:3/14(火) 14:03
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