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[読書]山口栄鉄著「チェンバレンの琉球・沖縄発見」 見聞録に誇れる先人の姿

3/11(土) 10:15配信

沖縄タイムス

 著者は琉球王国時代から明治期にかけて来琉、来沖した欧米人の記録を研究する一方、バジル・ホール研究会を2012年に立ち上げ、昨年12月にはホール来琉記念碑を建立している。論文執筆だけではなく異国人の痕跡を顕彰し、将来に繋(つな)ぐ活動も行っている。欧米人の手による航海記を訳したことで、王国時代、そして明治期に異国の人々がどのように沖縄を見ていたか分かるようになった。

 特に著者が強調するのは異国人の琉球、沖縄の人々に対する評価である。「ウチナーンチュの肝心(チムグクル)、志情(シナサキ)」がどれだけ王国時代から異国人たちの心を捉えたのか、ということをホール等の言葉を借りて沖縄の人々に訴えかけている。そこには米国に長年暮らし、異国の地から沖縄を見る著者の「ウチナーンチュ」としての誇りを感じさせる。本書は在米の沖縄県人に向けて行った講話を整理したもので口語体の平易な文章で綴(つづ)られている。ホールの孫チェンバレンの沖縄見聞録を紹介しつつ独自の歴史観をまとめており、見聞録の日本語訳も同時に収録されている。

 日本の帝国大学の言語学の教授であった若きチェンバレンは来沖前、祖父の書いた『琉球航海記』を精読しており、夢のような国リューチューと温厚で平和を好む謙虚な琉球人が変わらないでほしいといった「祈るような気持ち」で来沖したのだった。当時の県知事奈良原繁との会談、尚王家との会食、辻遊郭の女性たちと二十日正月の様子など約1カ月にわたる記録には、異国人のまなざしが捉えた沖縄が描かれている。明治20年代のまだ王国の色香残る沖縄の姿が立ち上がってくるようだ。

 著者が見聞録を通して読者に伝えたいことは何だったのか。昨年お会いした時、異国人を手厚く遇した穏やかで実直な400年前の先人の姿を、異国人自らの航海記をひもときながら語っておられた。沖縄人であることの誇りとアイデンティティーについて考えなさいと改めて「チャレンジと課題」を与えられたと思った。(仲嶺絵里奈・首里城公園学芸員)

最終更新:3/11(土) 10:15
沖縄タイムス