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震災とアイドル 被災地支援の顔だった元AKB48岩田華怜の葛藤と決意

3/12(日) 19:48配信

BuzzFeed Japan

震災とアイドル。元AKB48の岩田華怜(18)にとってはイコールで結ばれる。AKB48が2011年から続ける東日本大震災、被災地支援のチャリティー活動「誰かのために」プロジェクト。唯一の被災者だった岩田は活動の顔として多くのメディアに登場してきた。
【BuzzFeed Japan / 徳重辰典】

「人生の分岐点の日」という2011年3月11日。小学6年生だった岩田は宮城県仙台市内のマンションで被災した。

父親の自動車で一夜を過ごし、その後は家族とともに避難所や親類宅に身を寄せた。
震災から3週間後にAKBの研究生オーディションがあった。

こんな状況で受けるべきか迷ったが、母からの「AKBになって故郷に戻れば力になるのでは」との言葉に後押しされ、東京に向かった。結果は合格だった。

慌ただしい中での上京。震災で延期された小学校の卒業式に出ることはなく、友人たちに、さようならも言えなかった。

ふるさとへの思いから進んだアイドルへの道。だが、きらびやかな服、自身に浴びせられる光と被災地のギャップから自己嫌悪に陥った。

ふるさとの人はきっと私の活動をよく思っていないのではないか。そう思って、苦しかった。

怖かった初めての被災地訪問

2011年11月13日、岩田は岩手県の陸前高田市にAKBとして初めて被災地訪問。

「怖かった。ふるさとを捨てたと言われてもおかしくないと思っていたし、みんなにどんな顔で会えばいいのかって」

被災地での最初のステージ。11月の冷たい雨の中、子供たちが傘もささず、ずぶ濡れになりながらAKBの登場を待っていた。

「私たちのその時期の活動をよく思ってない人もいるし、理解されないことももちろんあるけど、目をキラキラさせて、この子たちが待ってくれる。何時間も待ってくれる人が一人でもいる以上は、ここに来続けないといけないなと思った」

陸前高田で見た一本松は今も忘れない景色だ。AKBプロデューサーの秋元康氏からは「AKBの一本松になれ」と言われた。強く立ってなきゃいけない。そう思った。

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最終更新:3/12(日) 21:42
BuzzFeed Japan