ここから本文です

松井秀喜、中村紀洋、斉藤和巳…WBCとは無縁のスーパースター烈伝

3/13(月) 18:30配信

ベースボールキング

熱戦が続くWBC

 4時間46分の死闘。

 WBC2次ラウンド初戦のオランダ戦はゲームセットの瞬間、東京ドームのオーロラビジョン横の時計は23時54分を指していた。

 試合中、日本ベンチで数億円貰っているスター選手たちがほとんど座らず前のめりでグラウンドに集中。攻守交代時にはベンチを飛び出し仲間たちを迎え入れ、一塁へリスク覚悟で頭から滑り込む。その「世界甲子園」のような熱気に球場やテレビの前のファンも眠れない日曜の夜を過ごした。

 確かに、例年なら調整段階のこの時期に全力プレーをやるリスクは大きい。だが、同時に地上波テレビで試合終了まで完全放送され、活躍した選手は名前が売れプロとして大きな宣伝効果も期待できる。まさにハイリスクハイリターンの大会と言えるだろう。

WBCに縁がない選手といえば…

 4年に1度のチャンス、そこに選手としてのピークが合うか。過去大会では多くの名選手がわずかなタイミングのズレで日本代表のユニフォームとは縁のないキャリアを送った。

 例えば、清原和博、桑田真澄、佐々木主浩、古田敦也、斎藤雅樹、金本知憲、山崎武司、前田智徳といった60年代後半~70年代前半生まれの名選手たちは生まれるのが、もう10年遅ければ日本代表の主力選手として活躍したはずだ。

 今回は06年以降に開催されたWBCで不思議と侍ジャパンに選出されなかった名選手を振り返ってみよう。

・松井秀喜(74年6月12日生)

 巨人時代の02年には50本塁打を記録。03年から移籍したニューヨーク・ヤンキースでも主軸打者として活躍し、04年には31本塁打、09年にはワールドシリーズMVPにも輝いた言わずと知れた日本人平成最強スラッガー。

 WBC06年大会では当然、王監督から日本の4番として期待されるもヤンキースの意向もあり出場辞退。09年大会は前年9月に左膝手術をしたためリハビリ中。13年大会は直前の12年12月に引退会見とWBCとは最後まで縁がなかった。

 国際大会で「3番イチロー、4番松井秀喜」の夢のIH砲が実現しなかったのは残念だ。日米通算2643安打、507本塁打。12年限りで現役引退。

・斉藤和巳(77年11月30日生)

 ホークス投手陣の大黒柱として03年に20勝3敗、05年には16勝1敗と驚異的な成績を挙げた00年代を代表する大投手。沢村賞2度獲得、03年から06年の4シーズンで64勝16敗と負けないエースぶりには、若かりし日のダルビッシュ有も憧れたほどだ。

 同時にそのキャリアは常に右肩の故障との戦いで07年シーズンを最後に一軍登板はなく、11年からはリハビリ担当コーチ兼任で復帰を目指すも、13年限りで現役引退。通算79勝23敗。もしも、全盛期の斉藤和巳が日本のエースとしてWBCに参加できていたら、メジャー球団間で松坂以上の争奪戦が繰り広げられていた可能性は高い。

・西口文也(72年9月26日生)

 96年から7年連続二桁勝利、その間最多勝2度、沢村賞1度獲得。05年には17勝と松坂大輔とともに西武を支えた右腕。その圧倒的な実績からしたら意外だがWBCや五輪本戦の代表チームでのプレー経験はない。

 度重なるノーヒットノーラン未遂事件など土壇場の勝負弱さが指摘されることもあったが、同時代に松坂という日本のエースがいたため、所属チームへの負担も考え選考回避されていた側面も強い。西武一筋21年、通算182勝118敗。15年限りで現役引退。

・中村紀洋(73年7月24日生)

 近鉄バファローズが生んだ最後のいてまえスラッガー。00年には39本、110打点で二冠獲得。01年にも46本、132打点でチームのリーグ制覇に貢献した。00年シドニー、04年アテネと2度の五輪代表経験はあるもののWBC代表選出はなし。

 04年オフに球界再編の波に飲み込まれる形で近鉄からロサンゼルス・ドジャースへポスティングで移籍。結果的に05年シーズンのほとんどをマイナーリーグで過ごすことになり、06年大会には選出されなかった。

 同じ73年生まれのイチロー、松中信彦、小笠原道大が侍ジャパンの主力として活躍していただけに移籍の失敗が悔やまれる。もしも近鉄が消滅していなければ、中村のその後のキャリアもまったく違った形になっていただろう。日米通算2106安打、404本塁打。

・高橋由伸(75年4月3日生)

 あの長嶋茂雄が「天才」と惚れ込んだ逸材は、ルーキーイヤーから打率3割をクリア。2年目には打率.315、34本、98点と一気に巨人の看板選手へと駆け上がった。04年にはアテネ五輪代表に選ばれるも、その後は右足首や腰の故障に苦しみ精彩を欠く。

 だが、第1回WBC翌年の07年には原監督の1番起用が当たり、プロ野球新記録のシーズン9本の先頭打者アーチを記録。打率.308、35本と復活してみせた。もしもあと5年早くWBCがあれば、その甘いマスクと溌剌としたプレースタイルで、日本球界の「ネクスト・イチロー」として全世界から注目を集めていたかもしれない。

 通算1753安打、321本塁打。15年限りで引退、16年からは巨人監督を務めている。

文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)

BASEBALL KING

スポーツナビ 野球情報