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ツイッターがつなげた福島と科学者 最終講義で語ったこと

3/16(木) 15:00配信

BuzzFeed Japan

2011年3月11日から、ツイッターでの発信が注目を集めた東京大・早野龍五教授が東大を定年退職する。最後の講義で語られた、科学者として福島に向き合う意味。【石戸諭 / BuzzFeed Japan】

2017年3月15日、東京大学・本郷キャンパス。

ここに集まった人たちの顔ぶれが、物理学者・早野龍五さん(65歳)の科学者としての歩みを象徴していた。

物理学の研究仲間だけでなく、一般の聴衆たちが席を埋める。なにより、福島で生活を送っている人たちも駆けつけた。

最終講義のタイトルは「CERNと20年福島と6年 - 311号室を去るにあたって」
311号室は、早野さんの研究室の番号だ。

本業の物理学者としての顔と、ツイッターで発信を続けた顔。両方の話を聞いたことがある人はこのなかでほとんどいないだろう、と講義は始まった。

本業の顔は、一大拠点・CERN(欧州合同素粒子原子核研究機構)の研究チームを率いる研究者として。

これがタイトル前段の20年だ。

もう一つは2011年3月11日以降、原発事故の情報が錯綜するなかで、ツイッターでひたすら事実を分析して、発信をやめなかった科学者として。

これは後段の6年にあたる。

一見すると2つの顔があるようにみえるが、それは違う。語られたのは、一貫して「科学者」として生きてきた、ということだった。

講義の中盤、早野さんが語った一つの言葉が軸になっていた。

「アマチュアの心で始めて、プロの仕事でまとめる」

駆け出し時代、アメリカやカナダの研究施設での活動を通じて学んだ原点だ。
研究者たるもの、大事なのは人がやらないことをやること。

人がやらないことをやりはじめた人は、誰もが最初は「知らないことをやっている」
アマチュアだ。やがてプロになっていく。

アマチュアの心で始めて、プロの仕事でまとめる。それが研究の面白いところなのだ。

そして、と早野さんは続ける。

「『楽しそう』にやること。決して、研究は楽しいだけではないんです。でも、長く続けていくには、それがとても大事なこと」

どの分野であってもプロの仕事は楽しくないことだって多い。でも、だからといって苦しそうにやってもしかたないということだろう。

若き日に学び取った科学者としての姿勢。そこに、福島での実践で大事だったポイントがすべて詰まっている。

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最終更新:3/16(木) 15:00
BuzzFeed Japan