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社説[全学徒隊の碑]語り継ぐ新たな試みを

3/16(木) 8:55配信

沖縄タイムス

 戦前、沖縄には師範学校や中学校、高等女学校、実業学校など21の中等学校があった。住民を巻き込んだ苛烈な沖縄戦では、これら全ての学校の生徒が戦場に駆り出され、多くの若い命が失われた。

 沖縄戦から72年、糸満市摩文仁の平和祈念公園に21校の校名が刻まれた「全学徒隊の碑」が建立された。

 修学旅行生など多くの人が訪れる公園内に合同石碑が建てられたことを、学徒隊の戦争体験を後世に伝えていく大きなきっかけにしてほしい。

 師範学校女子部と第一高女のひめゆり同窓会が運営する糸満市伊原の「ひめゆり平和祈念資料館」は、壁一面に犠牲者の遺影がかけられ、証言ビデオや病院壕のジオラマが戦争の恐ろしさと平和への思いを語る施設だ。

 那覇市首里金城町の養秀会館にある「一中学徒隊資料展示室」には、遺影のほか数々の遺品、家族あてに書かれた遺書などが展示されている。

 実際には21の中等学校にそれぞれの「沖縄戦」があったにもかかわらず、その体験に日が当たることはなく、戦後、時がたつにつれて県民から忘れられようとしている学徒隊もある。

 合同石碑建立のきっかけはひめゆり平和祈念資料館が1999年に企画した「沖縄戦の全学徒たち展」である。

 その後、関係者が県に合同石碑の建立を要請、2015年に県議会が建立に関する決議案を可決した。

 「沖縄戦に参加した全学徒について忘れてはならない」との思いは、ひめゆり同窓会を含む全ての元学徒に共通する。

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 全学徒隊の碑は、沖縄全戦没者追悼式が開かれる広場と平和の礎との間に建つ。

 学徒隊の説明や世界の恒久平和を願う碑文のほか、学校名と学徒隊の通称、学校の位置などが記されている。

 しかし動員された学徒数や犠牲者数には触れていない。確かな数字がないからというのが県の言い分だ。

 ひめゆり平和祈念資料館編「沖縄戦の全学徒隊」によると、動員された生徒は1923人、そのうち半数を超える981人が亡くなっている。

 全容の把握が難しいからといって2人に1人が亡くなった事実が記されなければ、「地獄の戦場」を伝えることにならないのではないか。

 14歳から19歳までの若者を戦場に動員した法的根拠、県と守備軍の動員に関する交渉経過、犠牲者数などの事実を、空白になっている石碑の裏面に書き込んでほしい。

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 既に沖縄戦体験者は県人口の2割を切り、学徒隊体験を語ることができる人も一人二人と年々減っている。

 碑ができたことを契機にもう一度、生存者と同窓生、若い人たちが世代を超えて協力し、「沖縄戦の全学徒たち展」を開いてみてはどうだろう。

 女子学徒隊に比べ男子学徒隊の戦場経験を聞く機会は少なく、あまり知られていない。

 あらためて証言を集め、史実を掘り起こし、学徒隊の戦場体験が意味するものを問い掛けるべきだ。

最終更新:3/16(木) 8:55
沖縄タイムス