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<保育園落ちた>正社員から「業務委託」切り替えの落とし穴

毎日新聞 3/20(月) 9:30配信

 今年も「保育園に入れなかった」というママたちの悲鳴が多く聞こえてきます。しかし、職場復帰できないからといって、会社が勧めるままに業務委託契約に切り替えるのは危険です。特定社会保険労務士の井寄奈美さんが解説します。【毎日新聞経済プレミア】

 ◇出産後に在宅で仕事復帰

 30代のデザイナーA子さんは、従業員15人のデザイン事務所で働いています。今の事務所に3年前に転職し、直後に結婚。子供ができても仕事を続けたいと考えていました。

 ある日、A子さんは妊娠に気づきました。社長に話すと、「それなら在宅勤務ができた方がいいね」と言われました。A子さんにとってもありがたい話です。産休に入る前から出社日を減らし、産休直前には週3日の在宅勤務になりました。

 そして産休に入り、無事出産。子供が1歳になるまでの予定で育児休業に入りました。しかしA子さんは、在宅勤務で少しずつ仕事を始めたいと考え、社長に相談しました。1年もの間、仕事から完全に離れるのが嫌だったからです。

 社長は難色を示しましたが、A子さんは「少しだけでも仕事をさせてほしい」と言います。そこで社長は「どれくらい仕事を出せるかわからないので育休はそのまま続けて、やってもらった仕事を外注扱いにしたらどうだろうか」と提案しました。外注とは、A子さんの在宅での仕事分を業務委託扱いにする、ということです。

 通常、会社は社員と業務委託を契約することはありません。雇用契約を結んでいるからです。社長は、育休中のA子さんに在宅で仕事をしてもらうとしても、どの程度の賃金を払えばよいかわからず、払うと育児休業給付金が減額されると心配しました。

 育児休業中の社員には、国の雇用保険から180日目までは賃金の67%、181日目以降は50%の給付金が支給されます。しかし、育休中に仕事をしてその分の賃金を受け取ると、給付金が減額されることもあります。

 そこで、社長は業務委託にして報酬を支払えばいいと考えたのです。A子さんはこの条件で、子供が1歳になるまで働くことにしました。

 ◇「保育園落ちた!」育休延長せずに業務委託契約に

 業務委託の報酬は、作業時間ではなく、完成した一つの作業に対してその売り上げの30%を支払う形態でした。A子さんは徐々に仕事を増やし、子供が1歳になる育休終了前には、出産前とほぼ変わらない業務量を在宅でこなしていました。

 A子さんは子供が1歳になる4月から保育所に入れ、職場復帰する予定でした。しかし抽選に漏れたため、社長に育休延長を申し出ました。ただ、育休を6カ月延長したとしても、年度の途中に保育所に入れる可能性は低いのが現実です。そこで、このまま在宅勤務を続けたいと社長に伝えました。

 社長は、「それなら今後は業務委託契約のみで仕事をしてもらうのはどうかな。出社の必要もないし、子育てもできる。報酬は今より10%上げるよ。A子さんの業務量だと出産前の給料と同じくらいの収入になると思う」と言われたのです。A子さんは、会社で自分だけ在宅勤務をしている負い目もあったため、3月末で退職し、4月から業務委託契約だけで仕事を始めました。

 社長は当初、A子さんが1年で職場に復帰することを前提に在宅勤務をさせたり、業務委託で仕事を任せたりしていました。しかし、今回の業務委託への切り替えには、大きな問題があります。というのも、社員から個人事業主になる際のデメリットを、社長が十分に説明しなかったからです。実際、A子さんはその後、個人事業主のデメリットを実感することになりました。

 当初は、出産前と同じ程度の仕事を受けていたのに、数カ月たつとA子さんへの発注が減り始めたのです。社長にかけあっても「ごめんね。仕事があればすぐに回すから待ってて」とかわされました。収入は激減です。

 それでなくても、社会保険料(健康保険と年金)は全額自分持ち。会社員時代は年金保険料は会社と折半でした。打ち合わせに伴う交通費も、電話代や参考資料の購入もすべて自費なので、手元に残る金額はわずかです。

 A子さんは、在宅で仕事ができるならと考え、業務委託契約を結びましたが、個人事業主の立場が不安定であることを実感しました。今後、子供が保育所に入所できたら、社員として働ける職場を探そうと考えています。

 ◇雇用契約と業務委託契約は全く別物

 「雇用契約」と「業務委託契約」は明らかな違いがあります。雇用契約は、会社で「労働者」として働く契約です。会社は労働者を雇う際、労働関係法令を順守する義務を負います。

 具体的には、給料は最低賃金以上を払わなければならない、法定労働時間を超えて働かせる場合は割増賃金を払わなければならない、給料は必ず一定期日に払わなければならない--などです。社会保険制度への加入も義務づけられ、保険料も会社が半分負担します。

 一方、業務委託契約は、「個人事業主」として会社から仕事を請け負う契約です。報酬は業務の完成に対するものです。労働者ではないため、労働基準法などの適用はなく、会社の社会保険にも加入できません。経費も自己負担です。

 業務委託契約をする場合は労働関係法などの保護を受けられないので、「独立して自分の腕一本で仕事をする。営業してどんどん仕事を取っていく」という覚悟が必要になります。

 男女雇用機会均等法と育児・介護休業法は、女性の妊娠・出産、育休申し出、育休取得を理由にした解雇と雇用契約の不利益な変更を禁止しています。今回はまれなケースですが、この場合でも、社長は契約変更にあたってデメリットを十分に理解し、本人に説明すべきでした。

 人手の足りない小さな会社では、社員の妊娠・出産にどう対応すればよいかわからず、面倒に思うこともあるかもしれません。しかし、イレギュラーな対応はいけません。働きながら育児する社員を応援する気持ちで対処する必要があります。社員にとってどうすることが一番よいかを最優先で考えるようにしましょう。

最終更新:3/20(月) 9:30

毎日新聞