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「高校3年の秋、担任が捕まった。」

3/20(月) 21:30配信

STORYS.JP

春が来る。
新学期がはじまる。
まだ見ぬ新教師を担任に迎える生徒も数多くいるだろう。
新しさには胸が踊る。しかし、知らない事には不安も募る。
先月2月、被害者170人以上という前代未聞の児童ポルノ事件があったばかりだ。
教師であっても、ろくな人間かはわからない。

本日は、学校を舞台に起こってしまった事件にまつわるストーリーをご紹介したい。著者が当時高校生だった頃、担任が捕まってしまった話だ。
(以下長文転載、読了9分。)

「高校3年間一緒のはずの担任が卒業半年前に異動した理由。」

これは私が高校生の頃の話。

最初に断っておくが、楽しい話ではない。
そして、これは私の体験した話ではあるけど、私がメインの話ではない。

が、私の事を少しだけ書いておく。私は高校生の頃はクラスメートとはほとんど話をしなかった。

私はそんな人間だという事を頭の隅に置いておいてほしい。

これは

私の担任の話。

◆ やる気のない担任

私が入った高校は普通の公立高校だった。

私が通った学科は一クラスだったので三年間クラス替えもない。

三年間代わる事のないクラスメイトと担任とがそこにいると思っていた。

担任の先生は男の先生だった。仮にユー先生としておこう。

最初からこの先生の仕事は雑だった。

小中学校の担任達との比較しかしようがないが、ユー先生はやる気がなかった。

何かとだらだらと適当に仕事をこなしてる感が半端なかった。

もちろん、それは悪いわけではない。先生の中にはそんな人間がいてもおかしくはない。

が、このユー先生は何かと「めんどくさい」と生徒の前で言い放っていた。

避難訓練だったろうか。

何かで全校生徒がグランドに集合した後、そのまま帰る事になった日があった。

校長や数人の先生が地震や災害の話をちらっとして、その後に各教室の担任が各々のクラスに連絡事項を通達するときがあった。

ユー先生はそれすらも「隣の先生の話を聞いておけよ」と話を振っていた。

もちろん、隣の担任は自分のクラスのために喋ってるので私たちのクラスのことなど知る由もない。

なので、聞きづらいったら無かった。

いかに自分の仕事を減らすかだけを考えてるような先生だった。

ユー先生はとある運動部の顧問でもあった。

私はスポーツ全般興味が無いのでよく判らなかったけど、ユー先生が来たおかげで全国大会レベルに行けるくらいまでに強い部活になったらしい。

いい加減に見えてたというのはあくまでも私だけの見方で、それほど悪い先生ではないのかもとこの時思った。

◆ 嫌な感じと言った母の勘

いい加減な先生みたいだと思ってた私の感覚と母の感覚は大きく違った。

それは1年の時、初めての三者面談が終わった後だった。

母が「こんな事を言っちゃいけないのかもしれないけど……」

と言い始めた。

私が「何よ。何かあった?」

と言うと

母は「やっぱり、やめる」

と言いかけてた言葉を飲み込んだ。

私が「言いかけて、やめないでよ。気になるじゃん」

と言ってやっと

母「なんだか、嫌な感じのする先生ね」

と言い放った。

私「え???どこが?」

母「どこがってわけじゃないんだけど……何となく」

私「何となくじゃわかんないよ」

といったものの、母の中ではこれといった理由がなく本当に『何となく思った』だけだった。

母は人の悪口を滅多にいわない。まして、会ったばかりの先生の悪口なんて言いようがない。

なのにこの時は「嫌な感じ」と思ってしまったのだと思う。

母の勘は確かに当たっていた。

卒業前にこの『嫌な感じ』と母が感じた理由を私も理解することになった。

◆ 教育実習生がやってきた

1年の時、教育実習生がやってきた。

ちょうど高校総体の時期だった。

学校で『高校総体の時に学校に来るかどうか』という紙を出すことになった時。

説明をこの教育実習生がやっていた。ユー先生は後ろでそれを見ていた。

説明では「応援に行かない人でも学校に来たい人は来ていい」と言っていた。

なので、私はその欄にチェックして紙を提出した。

総体当日、私と同じようにその欄にチェックした生徒が数人教室でくつろいでいた。

教室で自習という話で聞いていたのだが、教育実習生がかなり慌てて教室に入ってきた。

「ごめん。みんなどこかに応援に行かなきゃいけないらしい」

と説明してきた。

「学校に来る」にチェックを入れるのは部活の練習がある人達だけだったという事だった。

もちろんそんな事、1年生の私たちが知る由がない。初めての高校総体なのだから。

教育実習生は自分の時は違ったけど、この学校はそうなのかもしれないと説明をしていたらしい。

説明を後ろで聞いていたはずのユー先生は一切訂正を入れなかった。

おそらく教育実習生に任せたまま、教育実習生が何を説明してるか聞いていなかったのではなかろうか……と疑いたくなる。

一日目はそのまま学校で自習をすることになったが、二日目は唐突にどこかに行かなければいけなくなった。

町からほとんど出てない私には高校名だけではどこにあるのか、自分がいける場所なのかもわからない。

自分が高校受験で行った記憶も引き出してみるも、学校から出したバスだったので役に立たなかった。

教育実習生が地図を持ってきて、交通機関などを調べてやっと「この辺りならいけるんじゃないか?」という高校が分かってきた。
(この頃はまだケータイ普及前なので、ケータイで調べるのはできない)

そんなこんなで、二日目は見知らぬ高校に応援に行く事になった。

この日、ユー先生は運動部顧問なので学校にはいなかった。

今なら思う……教育実習生も大変だったろうな。

◆ アルバイトは禁止

私が通ってた高校はアルバイトは基本禁止だった。

アルバイトをするには届けを出して許可がいる。

が、内緒でアルバイトをする生徒はいる。

ユー先生も夏休み前にはこんなことを言っていた。

ユー先生「お前ら、アルバイトは一応禁止だけど、俺はばれなきゃやってもいいと思ってる」

生徒「えー。やっていいの?」

ユー先生「届けを出せばな。と言ってても、内緒でやる奴いるだろ?

別に内緒でもいいから、ばれるなよ。めんどくさいから。

ばれないと思ってやってる奴いるケド、おせっかいなご近所さんがちくったりするから」

要は『俺は面倒事はごめんなんだよ』という感じ丸出しの言葉を言っていた。

そして、私は「ばれなきゃやってもいい」と言い放つ先生に違和感を感じた。

この先生、『バレナケレバ』やばい事もやってそうと思った。

◆ 受験手続はめんどくさい

2年の時の話はさほどない。

あえて言うのならば、ユー先生が顧問をしていた部活がその年も強かった……という程度だろうか。

ただ、以前も書いたように私はスポーツに興味が無かったのでそれがどれほどすごい事なのかはさっぱりわからない。

特に可もなく不可もなく2年は過ぎていったので、さっくり三年生になって受験に追われてた頃の話に飛ぶ。

私は県外の学校の推薦入試を選んでいた。

推薦なので普通入試より時期が早い。その日、手続きの書類の一つが期限ぎりぎりになっていた。

担任に書類を渡して、学校の事務から提出書類を受け取ることになっていた。

私の中では明日でもいいか…と思っていた。

なので、、その日はいつもの通り放課後は学校で友達と時間を潰していた。

すると放送で呼び出しがかかった。
何だろう?と担任の元へ行ってみると、「書類が出来てるから、事務室に取りに行け」との事だった。

それだけではなくいろいろと小言も入っていた。

「何で取りに行かない。俺がわざわざ早めにしてくれって事務に頼んだのに……」

と言ったような言葉だ。

めんどくさがりのユー先生が早く仕事を終わらせてくれたのには驚いた。

が、『せっかくやってやったのに』感には、なんだかうんざりしてしまった。

◆ 受験が終わって……世界が変わった

先ほども書いた通り、私は県外の学校希望だった。

推薦入試日は家族総出で県外へと向かった。

記憶はあいまいだが、おそらく土日だったような気がする。

宿泊は車中だ。ホテルの予約などは一切してなかった。

私の受験が終わった後は家族で観光もしてきた。私の中は観光どころではなく、結果が気になってしょうがなかったのだが、考えても仕方のない事だった。

家へと帰り着いたのは真夜中近くだったので、次の日の準備の確認だけして寝てしまった。

朝は大体バタバタしてる。前日の疲れもあってか、家族みんなが若干ぐったりしていた。

その日私はいつもの日がまた続くのだと思っていた。

まさか、県外に受験に行ってる間に世界が変わってるなんて思いもしなかった。

バタバタと学校に行く準備をして、いつものように学校への道を歩いて

いつものように校門をくぐる……前に学校が変わっていた。

何やら見知らぬ人間が学校の前をうろついてる。

それも複数。

まるでニュースで見るような取材をする人の姿がそこにはあった。

言っておくが、私の世界は金曜日で止まっている。

それまでの間には学校に取材が来るようなニュースはなかったと記憶していた。

だったら、土日に何かがあったに違いない。
が、今の時期、運動部の大会で盛り上がっていた記憶はない。

それならば、運動部に取材申し込みをすればいいわけで学校の校門前をうろつく必要はない。

校門前をうろつく取材のイメージは『よくない事件』しか思いつかなかった。

しかし私は何があったか全く知らない。

土日はテレビも新聞もない世界にいたのだから。

ただ雰囲気が『何かヤバい事件が学校であった』事を伝えていた。

色々考えながら校門をくぐり、靴を履き替え、廊下を歩き、教室へと入った。

教室内の空気はもっと重かった。

中には泣きそうになってる女生徒もいた。いや。泣いていたかもしれない。

このクラスで何か起きたのかなと感じつつ、詳しい話は誰にも聞けなかった。

◆ 担任が何かをやった

朝礼の時間、教室にはユー先生は来なかった。

代わりに学年副担任のアイ先生が来た。

アイ先生は「このような事になって、みなさん驚かれていると思います。今日はまず全校集会がありますので、移動しましょう」

と言った。

この時点で事件に関係してるのは担任だったのだと気が付いた。

全校集会では校長が壇上で話をした。

「みなさん、新聞などを読んで事件は知っていると思いますが……」

で、校長の話は始まった。

私の中では

【知らないんです。説明が欲しいのです。誰か何かあったか教えてほしい】

という疑問符だけが膨らんだ。

が、誰も事件の概要は口にしなかった。なぜならそれは『すでに知っていること』としてスルーされたから。

事件を全く知らない私は世界から取り残された気分だった。

校長の話は延々と続いていたが、それは「マスコミの人がいますが、何も喋らないように」とか「皆さんはいつものように生活して……」とか「詳細は私もまだ知らないので何とも言えない」とか…そんな話ばかりだった。

教室に戻ってからもそれは同じだった。

アイ先生も似たようなことを話した後、「一人ずつ面談をします」と言った。

授業はほぼ自習になり、その中で一人ひとり別室に呼ばれた。

私は未だに事件の詳細どころか概要すらつかめていなかった。

私の番になりアイ先生との面談になった。

しばらくはアイ先生がクラスを受け持つこと、受験には影響しない事などを話してきたあと

「何か、心配事はある?」

と、聞かれた

私は「心配事っていうか……まだ、事件について知らなくて」

というと、

アイ先生は

「私も詳しい事はわからないのよ。

でも心配することはないわ」

と、なんだか違う話になって返ってきた。

……事件の詳細が判らないと勘違いされたらしい。

まさか、未だに事件の概要を知らない人間がいると思えなかったのだろう。

これ以上聞くのは諦めた。

結局、私が学校で知り得たことは

担任が何か事件を起こしたらしいという事だけだった。

◆ 詳細は新聞で

家に帰って、学校での騒ぎを話した。

母も事件については詳しくは知らなかった。

父が新聞に何か載ってると指摘していたらしいが、母は新聞を読んでいなかった。

土日に届いていた新聞を開いて、やっと概要が掴めた。

ユー先生が部活動内にてわいせつ行為をしたことが記事に取り上げられていた。

私の家がとっていた新聞は全国紙だったのでそれほど詳しくは書かれていなかったが、地方紙にはさらに詳しく書かれていたらしい。

さらには夕方のニュースもチェックした。

そこにも先生のニュースは短い時間だったけど流れていた。

正直に書くが、『担任がわいせつ行為をした』という記事を読んで私が思ったのは

『あの先生がそんな事をするハズがない……』ではない。

【あの先生ならやったかも】

だった。

母の『なんか嫌な感じ』という言葉も今ならぴったりと当てはまる。

ユー先生が言っていた

「ばれるなよ。めんどくさいから」

という言葉をそっくりそのままユー先生に返したくなったが、肝心のユー先生は学校にはいない。

捕まるのならせめて、受験前につかまっておいてほしかったとも思った。

受験の一番忙しくて肉体的にも精神的にもピリピリしてる時に捕まるなんて最悪だ。とすら思った。

◆ 学校の対応

ユー先生は警察の取り調べで忙しかったかもしれないが、学校はもっと大変そうだった。

全校集会をした当日に、『保護者説明会』も開かれた。

母もそれに参加していた。

帰って来た母から話を聞いた。

母「担任、代わるらしいよ」

私「え??誰に?」

母「えーと。副担任だった人とか言ってたけど」

私「なんで??」

母「すごい剣幕の近所の人がいたのよ。その人が、すごい剣幕で校長に食って掛かってて

【担任は今のままなのか。それでいいのか】

と言ってる声に押されてか、校長が唐突に

『担任はこの先生にします』

って感じで決まってたわよ」

私「……なんで?近所の人?」

母「知らないけど……自分からそう名乗ってたから」

まぁ。気持ちは分からなくもない。今はただの近所の人かもしれないけど、元生徒の保護者だったり、何だかんだと高校に関わってる人かもしれないのだから。

それとも単なるモンスターだったのかもしれないけど、詳しいところはよくわからない。

校長にとっても寝耳に水の話で、どんな対応をしたらいいのか全く考えてなかったのかもしれない。

ご近所さんの勢いに押されて『担任を替えます』と言ったのだろう。

そんな感じで唐突に担任が変わった。

次の日、アイ先生は「これからは私が担任になる事になりました」とだけ説明した。

卒業まで半年もない時期だったのに、担任が変わった。

ついでにマスコミは翌日には消え去っていた。

◆ 先生からの手紙

一か月を過ぎた頃だったろうか。

ユー先生から手紙が来た。

封筒の中には2枚の便せんが入っていた。

一枚は保護者向け。もう一枚は生徒向けだった。

私は生徒向けの紙を読んでみた。

中身はこんな感じだったと思う。

【野依魚々子さんへ

今回の事ではみんなにショックを与えて、ごめん。

先生は何もしていません。信じてほしいです。

新しい先生の言うことをよく聞いて、受験頑張ってください】

一応、手書きだった。同じ文面を皆に書いたことは言われなくても分かった。

自分は何もしてないことを強調してるように感じた。

『すみません』でも『申し訳ない』でもなく『ごめん』という軽い言葉にイラッとした。

ここに書いてあるのは少し丁寧に直してあるが、文面はもっと小学生に向けてるのか……と思うくらいのものだった。

高校生に向けて書くにはかなり馬鹿にしているようにしか見えない文面だったので、即座に破り捨てたい気分になったのを覚えている。

一方、保護者向けは普通に保護者向けの言葉が書き連ねてあった。

◆ その後……

ユー先生は結局不起訴となり、教育関係の施設へと異動になった。

証拠が少なく立証が難しかったせいなのか、示談金を支払ったのか、どんな理由で不起訴になったのかは知らない。

異動先は生徒とはほとんど関わらないと思われる場所。

ほとぼりが冷めるまでそこで働くのだと思った。

高校はと言えば、その年の受験者数はいつもより減った。

その翌年の受験者数も減った。

その次の年くらいには私が通っていた学科は消え去った。

恐らく建前では『少子化のため』となっているのかもしれない。

けど、私はあの事件も原因の一つだと思っている。

ユー先生の逮捕より、学科が消え去ったことの方が私にはショックだった。

今の在校生はそんな学科があったことすら知らないだろう。

さらに十年以上が経って、思い出したように検索をかけてみた。

ユー先生は教育関係の施設から再びとある高校へと異動になっていた。

さすがに十年以上経っている。事件を覚えている人間はほぼいない。

ほとぼりが冷めて、ユー先生は元に戻ったのだと思った。

私は自分の高校名を言うのが未だに恥ずかしい。

事件を知ってる人がいないだろう事は分かっている。

それでも、事件を知ってる人に聞かれたら……と思ってしまう。

◆ 思うこと……。

事件の真相を私は知らない。

本当にわいせつな事が行われていたのかも分からない。

被害者側の嘘だったのかどうかも分からない。

ただ、『教師がわいせつ事件で捕まる』という事は

『教師の人生が終わる』わけではない事を知った。

終わったのは『私が通っていた学科』

『教師のわいせつ事件』を見かけるたび、担任が逮捕されたことを思い出す。

そして、「わいせつ教師は許せない」ではなくて、「学校や生徒は大変だろうな」と思ってしまう。

(もちろん、わいせつ教師は許せないけど、『逮捕される』って周りが大変だから……)

ここまで、ユー先生の悪い面ばかり(私がひねくれているせいもあるケド)を書いたけど

ひとかけらもユー先生に関しては、良かったと思える面が思い出せない。

もちろん、逮捕された先生という悪い印象があるからというのもあるかもしれない。

が、それを引いても本当に何も浮かばない。

あえて言うのなら、

『担任がわいせつ事件で逮捕される』という貴重(?)な経験が出来たことが

良い事でもあったのかもしれない。

終わり。

--- 転載〆 ---

最終更新:3/20(月) 21:30
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