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被爆者の治療続けた医師・肥田舜太郎さん死去 広島で自身も被爆

埼玉新聞 3/20(月) 22:12配信

 被爆者治療と核兵器廃絶運動に献身した被爆者で医師の肥田舜太郎(ひだ・しゅんたろう)氏が20日午前8時2分、肺炎のため埼玉県川口市内の病院で死去した。100歳。岐阜県出身。葬儀・告別式は26日午前10時半から、さいたま市浦和区瀬ケ崎3の16の10、さがみ典礼北浦和葬斎センターで。喪主は長男泰(ゆたか)さん。

 日本大学専門部医学科卒。44年軍医少尉として広島陸軍病院に赴任。45年8月6日、爆心地から6キロ地点で被爆。直後から被爆者救援・治療に当たり、医師を引退した2009年までの64年間で6千人を超える被爆者を診療した。

 戦後、レッドパージを受けて国立病院を解雇される。その後、労働者、貧困者のための病院作りに奔走し、全日本民主医療機関連合会(民医連)創立に参加。埼玉民医連会長、埼玉協同病院(川口市)院長、日本被団協原爆被害者中央相談所理事長、県原爆被害者協議会(しらさぎ会)名誉会長などを歴任した。

 55年の第1回原水爆禁止世界大会に参加し、放射能障害について報告。75年以降、欧米を中心に37カ国を海外遊説し、被爆医師として被爆の実相を語り、核兵器廃絶を訴え続けた。福島原発事故以降は、内部被ばく・低線量被ばくの健康被害と危険性にも警鐘を鳴らしてきた。

最終更新:3/20(月) 23:32

埼玉新聞

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