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ポストモダンダンスの旗手、トリシャ・ブラウンさん死去 80歳

AFP=時事 3/21(火) 9:29配信

【AFP=時事】(更新)ポストモダンダンスの旗手として活躍した米国の振付師、トリシャ・ブラウン(Trisha Brown)さんが死去した。80歳。重力に逆らうような動きを取り入れた作品などで、後続のクリエーターに大きな影響を与えた。ブラウンさん主宰の舞踊団が20日明らかにした。

 トリシャ・ブラウン・ダンスカンパニー(Trisha Brown Dance Company)の声明によると、ブラウンさんは18日、テキサス(Texas)州サンアントニオ(San Antonio)で亡くなった。長く病気を患っていたという。

 ブラウンさんは数十年にわたって世界のダンスの最前線で活躍し、パリ・オペラ座バレエ団(Paris Opera Ballet)向けの振り付けなども手掛けた。5年前に舞台から退いていた。

 ワシントン(Washington)州アバディーン(Aberdeen)生まれ。カリフォルニア(California)州の大学を卒業した後、1961年にニューヨーク(New York)に移り、仲間らと前衛ダンサー集団「ジャドソン・ダンス・シアター(Judson Dance Theater)」を結成。1970年にトリシャ・ブラウン・ダンスカンパニーを設立した。

 以後、100以上のダンス作品を生み出し、オペラも6本手掛けた。ダンサーとしても活動し、70歳を越えてからも舞台に立ち続けた。

 ブラウンさんの作品は、既成のダンス概念を常に打ち破ってきた。20世紀の米実験音楽を代表するジョン・ケージ(John Cage)などの前衛音楽や、分子生物学などさまざまな分野から影響を受け、逆に影響も与えた。

 バレエ以後の伝統では、ダンサー志望者は背筋を反らし、臀部(でんぶ)を引っ込める姿勢に象徴されるように、美や表現の厳格で固定的なモデルたれとたたき込まれる。

 これに対して、ブラウンさんのダンスは自在な動きを取り入れた。ダンサーたちは時にハーネスやロープなどを用いて重力の概念に挑み、ダンスと視覚芸術の境界線もあいまいにしてみせた。

「Man Walking Down the Side of a Building(建物の壁を歩いて降りる男)」では、ダンサーがビルの屋上から、散歩にでも出掛けるかのように壁を垂直に降りていく。1971年の「Roof Piece(屋上)」では、生活感あふれる当時のニューヨーク・ソーホー(Soho)の複数の建物の屋上に10人のダンサーが現れ、1人の即興の動きに次のダンサーが応えていく構成だった。

 ブラウンさんは、ほうきで掃くことなど日常生活の動きも作品に採用した。

「純粋な動き」の意味を探った1970年代のエッセーはたびたび引用され、この中でブラウンさんは「私は平凡な仕方で過激な変化を起こす」と述べている。【翻訳編集】 AFPBB News

最終更新:3/21(火) 16:46

AFP=時事

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