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シリア内戦の発端となった「革命児」、罪悪感にさいなまれた6年

3/25(土) 10:00配信

The Telegraph

【記者:Josie Ensor】
 シリアのムアーウィヤ・シヤスネ(Mouawiya Syasneh)さん(20)は、過去6年間を思い返したくない。その記憶は苦痛と悲しみしかもたらしてくれない。中でも最も重くのしかかるのは罪悪感だ。

 シヤスネさんは14歳だった2011年2月、同国南部ダルアー(Daraa)で通っていた学校の壁に友人らとスプレーで落書きした時に、図らずも革命児となった。黒スプレーで書いた言葉は、「今度はお前の番だ、ドクター」。ドクターとは、バッシャール・アサド(Bashar al-Assad)大統領を指す。

 程なくして、秘密警察のムハバラト(Mukhabarat)がシヤスネさんの自宅前に現れ、シヤスネさんと同級生らは逮捕された。ダルアー住民はめったにない抗議行動を起こし、少年らの釈放を要求した。連日デモ行進を行い、26日後にようやく親元へ帰された時には、皆殴打され、あざだらけだった。

 拷問を受けた少年らの姿を見たデモ隊の怒りは、収まるどころかますます燃え上がった。平和的なデモを行うと、銃弾と催涙ガスで応戦された。3月15日、「怒りの日」と銘打った抗議行動にシリア全土の都市が加わり、ダルアーの小さな反政府運動は全国規模の反乱へと膨らんだ。

 少年期のあのいたずらが、シリアを、そして全世界を揺さぶり続ける動乱のきっかけとなり、今日に至る。

 シリア内戦は今月、勃発から6年という苦々しい節目を迎えた。これまでに約50万人の命が奪われ、さらに何千人もが負傷し、障害を負った。都市という都市が破壊され、人口2100万人の4分の1以上が家を追われ、今世最悪の人道危機を引き起こした。

 これまで取材をほとんど受けてこなかったシヤスネさんが、テレグラフ(Telegraph)の電話インタビューに応じてくれた。「チュニジアとエジプトでの蜂起を見て、スプレーであのメッセージを書こうという気になった。でも冗談半分で、シリアで実際に反乱が起こるとは夢にも思わなかった」

 シヤスネさんは、シリア南部の穀倉地帯に位置し、ヨルダン国境に近接しているということ以外特徴のないダルアーで、イスラム教スンニ派(Sunni)の保守的な家庭に育った。彼と両親が知る限りずっと、シーア派(Shiite)の分派アラウィ派(Alawite)に属するアサド一族がこの国を強権支配してきた。

 礼儀正しくて勉強熱心な生徒だったシヤスネさんは、あの日の落書きは自分らしくない行動だったと振り返る。「でも僕らは怒りの感情でいっぱいだった。あの抑圧と拷問に耐えられなくなっていた」

 シヤスネさんは落書きから3日後の夜中、自宅から首都ダマスカス(Damascus)にある、ムハバラトでも特に恐れられているパレスチナ支所へと連行された。「ケーブルで打たれ、凍るような冷水を浴びせられ、電気ショックを何度も受けた」という。「両手首を縛って独房の天井からつるされ、自白し他の少年らの名前を言うまで丸一日放置された」

「本当に本当につらかった、ほんの子どもだったから」と話すシヤスネさん。細身でひげをきれいにそっているため実年齢以上に若く見える。「生きて刑務所を出られるかどうかさえ分からなかった」

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最終更新:3/25(土) 10:00
The Telegraph