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己の道を突き進むGACKTの熱いメッセージ『罪の継承~ORIGINAL SIN~』/インタビュー1

3/27(月) 12:45配信

エキサイトミュージック

 
■GACKT/New Single『罪の継承 ~ORIGINAL SIN~』インタビュー(1/3)

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自身も声優として参加しているアニメ『TRICKSTER -江戸川乱歩「少年探偵団」より-』エンディング主題歌をリリース

GACKTの2017年第一弾となるシングル『罪の継承 ~ORIGINAL SIN~』が到着。今作は、自身も声優として参加しているアニメ『TRICKSTER -江戸川乱歩「少年探偵団」より-』のエンディング主題歌として、すでにオンエア済み。罪を背負った人間の切なさと、それでも立ち向かって前進していく覚悟が共存する今作は、力強く己の道を突き進む彼がリスナーに放つ熱いメッセージでもある。そんな楽曲に込めた想いを訊こうと彼の元を訪れたが、思わぬ話題からスタートした今回のインタビュー。しかし、その言葉の端々から、彼が今現在考えていること、そして、それが今作にどう反映されたかが伝わる貴重なエピソードが満載です!
(取材・文/片貝久美子)

「思考せよ」「向き合え」

GACKT:“優雅”って、どういうことだと思う?

――優雅、ですか……。物質的にも精神的にも恵まれて、何不自由ない状態というイメージで、すごく憧れます。

GACKT:優雅って憧れる…か。優雅な生活、優雅な時間の過ごし方、優雅な心の持ちよう……。優雅って言葉は深い。海外に住み始めて、優雅に生活しようと思った時、ボクは優雅って言葉にぶつかった。物が溢れていて、ゆとりのある状況を優雅だとみんな思ってるけど、本当は違う。例えば、ボクは今海外に住んでいて、すごく綺麗な景色を見て、すごく綺麗な音……水の音だったり、鳥の鳴き声だったりが聴こえてくる中で、とりあえず今から2、3時間、ぼーっと過ごしてみよう、優雅な時間を楽しんでみようと思ったりする。でも、全然間が持たない。

――落ち着かなくなっちゃうんですか?

GACKT:そう。全然自分の心にゆとりがなくてさ。すぐ携帯をいじっちゃったりして。そんな自分に気づいた時、これ、病気だなって。それから、優雅は物に溢れていることでなく、心を表している言葉なんだってことに気づいた。本当に優雅になるためには現代病に侵されてる人には訓練がいるんだなって。

――優雅になるための訓練というと?

GACKT:携帯をはじめとする近代的なものを避けて、ただただ景色だけを見る2時間とかを頑張ってやってみる。でも、なかなかできない。これって現代の人たちの病気だよ。昔は寺に行って禅を組み、ただただ無になるってことをやってた。で、無になる、心が空っぽになるまでには、頭の中でいろんなことを考えてる。考えて、考えて、考えた後に、スッと空っぽになるんだけど、たぶんそれが心のリセットになって、人はバランスを持って生きていられた。ところが、今って誰も心のリセットをしないまま生きていて、瞬間的に「あ、きれいだな」と思うことはあっても、それが心のリセットに繋がっていない。心って、心というモノが存在しているわけでもないし、抽象的なものではあるけれど、それに対して現代人はすごく軽視しているところがある。

――本来大切しなければいけないものを軽視している人間というお話は、今作『罪の継承 ~ORIGINAL SIN~』にも繋がるもののように感じます。

GACKT:「罪の継承」という言葉は、そこまで特徴的な話ではない。ボクは、人間は生まれた瞬間から罪を持って生きていると思ってる。例えば、人間だけがこの地球上のバランスを壊す生物であることとか。その罪を背負って生まれてきている生物、つまり人間は、地球を一つの生命体として考えたら“癌”なんだよ。いろんなものを壊して、いろんなものを引き起こして……。でも、じゃあ人間がいなくなればいいのかと言ったら、そういうわけにはいかない。だからこそ、自分たちが罪を持ってこの世に生まれてきていること、その罪と向き合って、それを受け入れた上で生きていかないとダメなんじゃないかなって思うんだ。人って本来は、思考するっていう、他の動物にはない能力を持ってるのに、ほとんどの人は思考してないじゃない? 朝は目覚ましが鳴ったから起きて、食べなきゃって朝食を食べて、時間になったら会社に行って、帰ってくる。一つ一つの行動に思考が備わってないというか、反応で動いてるだけ。これってすごく危険だなと、ボクは思うわけ。

――思考しないことによる弊害が起きる、と。

GACKT:普段思考してない人が、急に思考しろって言ってもできない。特に、人間は開けちゃいけない“パンドラの箱”みたいなものを持って生まれてきている。その箱の中には人間の罪みたいなものも含まれている。それと向き合わないで生きていると、罪を知らないうちに犯してしまう人間性になる。本来は、そのパンドラの箱があることを自分で認識し、思考した上で生きていけばバランスが取れるはずなのに……。だから、ボクは「思考せよ」「向き合え」って。それが正しいか間違っているかの判断を、ボクはしない。受け入れて、バランスを取りながら生きていくのが、人間に課せられた使命だよ。ちなみにバランスを取るってのは、自分が偏った人間だと思っていても、それを受け入れて自分の本性と社会の適合性のズレを認識しながら生きるってことさ。

――そのメッセージをこの曲から受けた時、罪を認めたり、受け入れたりするのはすごく辛いことだなと思いました。さらにこの楽曲のMVを拝見すると、攻撃的な映像の中に、罪を受け止められなかった自分に対するもどかしさや、虚しさみたいなものも感じました。

GACKT:あれも一つの答えなんだよ。受け入れられなかった側のストーリー。

――観ていてすごく切なくなりました。

GACKT:MVも今の社会を象徴しているというか。これも「思考せよ」と繋がっている話だけど、世の中のほとんどの人は今、正しい、間違っているの判断を誰かに委ねている。大多数が正しいと言ったことが正しいとか、自分が思考して判断したものじゃない。でも、本当に大切なのは、自分がどうしたいかだから。その上で、社会とどう折り合いをつけて生きていくか。100%納得することなんてできないけど、折り合いはつけられるじゃない? で、折り合いをつけるためには、自分が一体何者であるかっていうことと向き合っていかなきゃいけない。なんとなく生きていたら、結果として大きなことが起きてしまうし、その時にすべての責任を誰かに投げるようになってしまう。