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西田幾多郎への絵はがき公開 記念館、人柄伝える資料

3/27(月) 1:55配信

北國新聞社

 かほく市の県西田幾多郎記念哲学館は28日、能登町出身の哲学者西谷啓治が1938(昭和13)年に、留学先のドイツ・フライブルク市から西田に宛てた絵はがきを初公開する。はがきは、同時期にフライブルク大に留学していた西田のめい、高橋ふみの様子も記されており、哲学者同士の交流や、めいを気遣う西田の人柄を伝える資料となっている。

 哲学館の浅見洋館長によると、高橋は西田の妹の次女で、旧七塚村(現かほく市)木津出身。県出身女性で初めて国立大学を卒業し、哲学者の道を進み、日本人女性で初めて学術雑誌に哲学論文を投稿したとされる。36~39年にドイツに留学し、45年に43歳の若さで亡くなった。

 絵はがきは38年6月16日の消印で、京都に住んでいた西田の元へ送られた。ドイツに留学中だった西谷は書籍の話に続き「高橋さんは御元気です。この間は『日本の家庭』といふ題で講演され盛会で、ここの新聞にも出ました」とつづった。裏面には、フライブルクの伝統衣装や郊外の様子が印刷されていた。

 哲学館によると、西谷は西田が京大教授時代の教え子で、西田がドイツ留学中の西谷に宛てた、高橋の様子を尋ねる手紙も数点確認されている。西谷はエッセーなどで、ドイツで高橋に日本食を振る舞ってもらって感動した話や、西田から、留学中の高橋を気に掛けるよう頼まれたことを書き残している。

 高橋は11歳で父親を亡くしており、専門員の山名田沙智子さんは、西田は高橋の父親代わりのような思いもあったと推測した上で「教え子もその思いを知っており、手紙でふみさんの様子を幾多郎さんに伝えることで、安心させたかったのだろう」と語った。

 絵はがきは、昨年春に西田の遺族から寄託された。28日に始まる同館の企画展「未完の女性哲学者―西田幾多郎の姪、高橋ふみ」で、写真や高橋の直筆原稿など約30点とともに公開される。10月9日までで、4月15日には浅見館長の講演会も開かれる。

北國新聞社

最終更新:3/27(月) 1:55
北國新聞社