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復刻連載「北のサラムたち1」第5回 プロローグ―ふたつの瀋陽事件(5) 初めて会う脱北の言葉に衝撃受ける 石丸次郎

3/28(火) 5:11配信 有料

アジアプレス・ネットワーク

1993年7月に生涯初めて会った脱北者の青年。彼が赤裸々に話した北朝鮮の実態は、筆者のそれまでの「北朝鮮観」を木っ端微塵にするものだった。

◆夫婦間でも信用できない
彼はまず北朝鮮の特権階級でない、庶民の暮らしについて話してくれた。

――たとえば、配給の主食の規定は700グラムで、米が30%、トウモロコシやイモなどの雑穀が70%だが、近年滞りがちで食糧問題が深刻化していること。タラなどの副食の配給はめったになく、たまにあるときは、人の上に人が重なり合って取り合いになること。1970年代には商店でビールや焼酎や飴玉を買うことができたが、1980年代に入るとモノというモノがすっかり姿を消してしまったこと、などである。

「政治的統制が厳しいと聞いたが、どれほどなのか?」
私のこの問いには次のように答えてくれた。

――住民の相互監視が酷く 、親しい友人であっても、また夫婦間ですら信用ならない。密告で捕まる例が多い。本音を話せないから組織もできない。韓国のような反政府デモなど想像もできない。中国に逃亡して捕らえられた学生7人が目の前で公開銃殺された――などなど。

北朝鮮から難民が中国にどっと押し寄せるようになった1990後半には、このような証言を耳にすることは珍しくなくなってしまったが、1993年に北朝鮮人の口から直接語られたかの国の実際は、私に大変なショックを与えた。

私は以前から気になっていたことを尋ねてみた。金正日書記(当時)についてである。

「今や、軍の最高司令官に就き、金正日は完全に政治・軍・文化を掌握しています。人民は口々に彼を素晴らしい指導者だと言いますが、それが本心からなのか、心の中では別のことを思っているのか、それはわかりません。なにせ自分の嫁さんでも信じられないんだから…。でも金正日なんてどうということありませんよ。今まで何か成し遂げたことがあるとでも?  朝鮮戦争の復興期に石ころのひとつでも運んだとでも? 私が見る限り、金日成さえ死んでしまえば、息子の金正日なんて、どうってことありませんよ」

キム・ガンホはビールを飲み干すうちに、だんだんと目が据わり次第に声が大きくなっていった。酔ったせいか、私に気を許したせいか、キム・ガンホは「偉大なる首領―」「親愛なる指導者―」という長い冠詞を使うのを省略した。

「南朝鮮の青年学生のように、一斉に立ち上がったりはできないけれども、我われ北でも、今や立ち上がらなくてはなりません。祖国統一のためにも……」本文:5,064文字 この記事の続きをお読みいただくには、アジアプレス・ネットワークの購入が必要です。

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