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価値観の違いがあった、175RのSHOGO なぜ英国へ渡ったのか

3/29(水) 18:01配信

MusicVoice

 【インタビュー】パンクロックバンドの175Rが4月5日に、前作『JAPON』から7年ぶり、通算7枚目となるオリジナルアルバム『GET UP YOUTH!』をリリースする。2003年1月発売のメジャーデビューシングル「ハッピーライフ」がいきなりのオリコン週間チャート1位を獲得して鮮烈デビューを飾ると、その翌年となる04年には日本武道館でワンマンライブを実施。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで活動を続けてきた。2010年には無期限活動休止を発表するも、昨年12月に6年ぶりに活動を再開させた。青春パンクの草分け的存在の彼ら。活動再開後初のオリジナルアルバムである今作について、フロントマンであるボーカルのSHOGOは「僕の中では(バンドとしての)1枚目だと思っている」とバンド結成時と同じ感覚で臨めたとの想いを語っている。活動を休止した経緯から再開までの流れ、そして今作にかける思いとは。SHOGOに話を聞いた。なお、今回はその内容を前編と後編の2回に分けて紹介する。

このまま続けて行くと音楽を嫌いになるんじゃないか

――6年ぶりに活動再開しました。改めて活動を休止した経緯を教えてください。

 活動休止を決めた当時は「このまま続けて行くと音楽を嫌いになるんじゃないか?」という感じの時期でした。一緒にやってきたメンバーとの“音楽との関わり方”に、どんどん差が出てきたという事が大きくて。ライブは生もので、その場その場での“一回切り”という感覚が楽しかったりもするんですが、僕らの場合はリリースをしてからライブという流れなので、どうしてもそのあとに「制作」の時期が来るんです。僕は今までの楽曲を全て作ってきましたが、その制作時にどうしてもメンバーに対しての不満や“個々の音楽との関わり合い方が違うな”という疑問を持ってしまって…。

――それはメジャーデビューされてからどれくらいの時期でしたか?

 徐々にでしたね。一気に来たわけではなかったです。それは決してメンバーだけが悪いわけではなくて、そうなっていった経緯にはリーダーとして僕の責任もあったと思うんです。

――活動休止後は単身でイギリスに渡りましたが、以前から考えていた?

 ちょこちょこイギリスへは遊びに行っていたんです。活動休止を決めたタイミングは、落ち込んでいて精神的にもあまり良くない時期にイギリスへ行き、1人でフランスなどにも行って考えたりしていまいた。その中で、ロンドンで友達に「ロンドンに住みたいな」とポロッと言った時に「SHOGO、それ2年前も同じ事を言っていたよ」と言われたんです。

 僕は有言実行しないと嫌な“たち”でして、けっこう“ハッ!”としたんです。「2年前と変わってない」と。しかも行動に移さず、ちょっと落ち込んで日本を飛び出しているなと思えたんです。「これは駄目だ」というわけで「来年からロンドンに住むわ」と言ったのが2010年8月くらい。それですぐに帰国して、9月頭くらいにバンドの活動休止を発表しました。

――本当にすぐだったんですね。

 そうなんです。友達はロンドンでYahoo!のニュースを見て、びっくりして連絡をくれたんです。でも「俺住むって言ったじゃん」って(笑)。

――ロンドンのご友人はちょっとした“冗談”だと思っていたんですね。

 きっと「バンドもあるし、無理だよね」と思っていたんですよね。でも、そういうわけですぐに決めたんです。自分の中で“175RのSHOGO”として生きてきたなかで、“SHOGO個人”としての人生を選択させてもらったという事も大きいし、バンドを休止して日本にいると何かしらの音楽のお誘いを頂くと思うんです。

――休止されてもきっと色んなアプローチがあるでしょうね。

 休止を発表した時も、周りの人達から「ソロやるんでしょ?」と言われたりするんですよ。「いや、僕は音楽自体からも離れるし、日本からも離れるので、他のメンバーを宜しくお願いします」みたいな感じで言っていました。

 まず“音楽から離れる”、“日本から離れる”、日本にいるときっと音楽から離れられないから、自分の中で「余裕が生まれない荒療法で行くんだ」という思いで引っ越しました。

――昔から考えが浮かんだ時はすぐに行動に移してしまう?

 そうです。“鉄は熱いうちに打て”と。

――結果的にイギリスに渡ったことはご自身にとって成功でしたか?

 はい。自分の中で良い経験ができましたし、もっと早く色んな国へ行っておけば良かったとも思いました。あの時に行っていなければ、今の175Rは無かったわけですから、タイミングは「やっぱりここだったのかな」という気はしました。

――音楽から離れる事に対して不安はありませんでしたか?

 この業界的に考えるとそういう事もあるかもしれませんが、僕は歌を歌うのが好きという気持ちを「引退」とか「卒業」という事にするはきっと無いと思うんです。

 ライフスタイルの一つだし、例えばCDをリリースせずとも歌い続ける事はできますし。こういうふうに取材を受けさせて頂ける環境にないとしても、歌を発信し続けている仲間もいるので、「どういうスタンスでやるか」の違いというだけだと思うんです。

 ただそういった部分に関してはなかったんですけど、どちらかと言うと、活動休止をして日本を離れる時に、今まで家族よりも一緒にいたメンバーと離れるという事に対しては「大丈夫かな?」という思いはありました。それでも、1カ月くらいで連絡を取らないのも慣れました。

――けっこうな期間、メンバーとは連絡を取らなかったのですか?

 ロンドンに渡っていた1年くらいはほとんど連絡を取っていないです。でも、それはロンドンに住むまでの準備期間で既に慣れちゃっていました。自分ではそれが意外でした。1カ月ずっと海外ドラマを観ていた時期があったんです。それで慣れました。

――そんなに観ていたんですか?

 もう動かなすぎてそれで腰を悪くして(笑)。スケジュールが入っていないものだから「よっしゃ! とにかくこれ全部観よう!」とレンタルショップを往復。そこから準備をしてロンドンへ向かいました。

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最終更新:3/29(水) 18:01
MusicVoice