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焼け野原の大阪で土地投資に成功 美術品で山種をライバル視 足立全康(上)

3/31(金) 15:40配信 有料

THE PAGE

  横山大観コレクションなど、珠玉の日本画の名作と広大な美しい庭園を有する島根県の足立美術館は、創立以来、地元の人々に愛され、観光スポットとしても人気があります。その創立者の足立全康(あだち・ぜんこう)は、同美術館を生まれ育った地元への感謝の意を込めて建てたそうです。

 並大抵の財力では名作を集めることはできません。足立の財力のもととなったのは、戦後間もなく大当たりした不動産投資でした。足立を成功に導いた不動産投資には、みずからが編み出した3つのポイントがあったそうです。やがて足立の興味は不動産から、美術品投資へと変遷していきます。金になるものなら手当たり次第、というスタイルを好まなかった投資家精神を市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。


  戦後の大阪、焼け野原でつかんだチャンス

  「ワシの人生は、絵と女と庭や」-足立美術館の創立者、足立全康はみずからの人生をこう集約する。日本画の巨匠横山大観の大作群を所蔵する足立美術館は日本庭園としても世界一の折り紙がつけられている。

 足立が巨富に向けて疾駆するのは昭和21年第2次大戦直後のことだ。友人から「足立さん、大阪は一面、焼け野原ですわ。みんな右往左往してる。ヤミもヘチマもありません。商売やってもうけるには絶好のチャンスやよって50万円ほど工面してすぐ出てきなはれ」

 足立はその誘いに飛び乗って、大阪に出る。たちどころに100万円もうけた。同24年には「丸全繊維」という綿布問屋を開業、同時に金融業も手掛ける。時に50歳。遅咲き全康は糸へんのもうけを土地に振り向けた。「新大阪地所」を設立、本格的に土地投資に踏み出す。新大阪駅付近がまだ田園地帯であったころだ。次々と土地を買収していった。

 買収資金は銀行融資に頼ったが、足立のうまいところは、土地代金がすぐに銀行に環流する仕組みをつくったことだ。「坪1400円が一杯だ」という足立に、「いや1500円でないと売らない」という農家。ころあいをみてこう切り出すのが「必殺、足立流」の神髄である。本文:4,358文字 この記事の続きをお読みいただくには、THE PAGE プラスの購入が必要です。

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最終更新:4/1(土) 5:33
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