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女性たちの選択 村に戻り畑を再生「復興遂げる」 帰村断念・・・でも絆は切れぬ 福島県飯舘村 きょう避難指示解除

3/31(金) 7:01配信

日本農業新聞

 東京電力福島第1原子力発電所事故に伴う福島県飯舘村の避難指示が31日、解除される。仕事や生活を奪われた女性農業者たちは東日本大震災から6年間、喪失感や先の見えない不安と闘いながら避難先で畑を借りて飯舘ブランドカボチャを生産したり、仮設住宅で着物のリフォームをしたりして必死に生きがいを求め続けた。避難指示解除を機に、グループを解散するのか存続か、帰村か移住か――。それぞれの道を歩き始める。

カボチャ銘柄化

 「外は真っ白で中はほくほくと甘い『いいたて雪っ娘(こ)』は飯舘村の誇り。何があっても守りたい」と、渡邊とみ子さん(63)は決意を新たにする。同村で30年の年月をかけて開発し、2011年に品種登録された。

 同村出身で農業高校の教師を務めてきた菅野元一さん(66)が改良したもので、渡邊さんが「村の特産品にしよう」と、6次産業化を目指して加工施設を建設していた矢先に、震災に見舞われた。

 渡邊さんは福島市の避難先で気落ちする村の女性たち8人に声を掛けNPO法人「かーちゃんの力・プロジェクト」を立ち上げた。故郷で培った料理の腕を生かして郷土食文化を伝える食堂「あぶくま茶屋」を開き、加工品の生産・販売を開始。49アールの畑を借りて、いいたて雪っ娘の栽培を続けた。

 帰村を前に渡邊さんは食堂を閉鎖し、グループを解散。渡邊さんは、村と市を行き来しながら、村でも生産を再開する。「何年かかってもこのカボチャを全国に届けたい」と目標を掲げる。

 「避難先での活動は通過点だと誰もが認識していた。それぞれの道に戻らなければならないが、支え合った仲間との絆は永遠」と熊谷則子さん(57)は目を潤ませる。生活基盤を市内で築いたため帰村しないが、今後も渡邊さんと活動する。

 細杉今朝代さん(61)は「飯舘村が一番」と、自宅に戻ることを決めた。しかし、6年放置した水田1ヘクタールと葉タバコ畑1.5ヘクタールは鳥獣に荒らされたままだ。苦労して畑の整備をしても「生産物を出荷できるのか」「風評被害はいつなくなるのか」など不安は多いが、「仲間と活動に支えられて生かされた命だから、これからは村の復興に使う」と前を見据える。家の周りを整備し野菜を育て、集落の高齢者見守りを再開する。

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最終更新:3/31(金) 7:01
日本農業新聞