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808、DTM、MIDIを生んだ梯郁太郎氏が死去

ITmedia NEWS 4/2(日) 20:52配信

 日本の電子楽器メーカー、ローランドの創業者である梯郁太郎氏が4月1日に87歳で亡くなった。記事執筆時点で梯氏の所属する会社、団体からの発表はないが、ゴダイゴのドラマーでローランドとの関係が深かったトミー・スナイダー氏のFacebook投稿を基にした追悼記事がBillboard、BBCなどで公開され、音楽関係者からの悲しみのツイートが相次いでいる。

【MIDIについて語る梯氏の画像】

 梯郁太郎氏は戦後、時計の修理からラジオの修理、さらにオルガンの開発を始め、楽器製造メーカーのACE TONEのブランドで知られるエース電子工業を設立し電子オルガンやリズムボックスを開発。その後出資者とのトラブルによりそこから新たにローランドを創業した。

 ローランドでは国産としてはコルグと並ぶ初期段階でシンセサイザーの開発に成功。モノフォニックシンセサイザーのSHシリーズ、MOOGの大型モジュラーに匹敵するSYSTEM-700、アナログポリフォニックシンセの傑作JUPITER-8などを世に送り出した。

 その後、梯氏はデジタルへの移行を決断。コンピュータ技術を電子楽器に導入して、ACE TONE時代からのリズムボックスをTR-808に代表されるドラムマシンとして完成させる。このモデルは後に、ヒップホップの誕生やポップミュージック、EDMに大きな影響を与えた。2015年にはTR-808が音楽界に与えた影響をドキュメンタリー映画化した「808: The Movie」が公開された。現在ではApple Musicで視聴可能。

 アナログシンセサイザーをデジタル制御する方法として、MC-8の開発を決断したのも梯氏だ。MC-8のデータ構造は今のDAWにも息づいている、デジタルシーケンサーの原型とも言える製品で、カナダ人ミュージシャンのラルフ・ダイク氏が開発したプロトタイプを見た梯氏が「完璧だ!」と契約を結び、ローランドで製品化に成功した。MC-8はさらにYMOをはじめとするテクノポップの隆盛にも強い影響を与え、次のフルデジタル世代への橋渡しとなった。

 さらに、MC-8と同等の機能を持ったデジタルシーケンサーを8ビットパソコンと接続するAMDEK CMU-800も作り、プレMIDI時代における電子音楽への門戸を広げた。

 梯氏は現在も使われている電子音楽の共通規格、MIDIの成立とオープン化(1983年)にも尽力。その功績により、当時の代表的なシンセサイザーメーカーの1つであったSequential Circuitsの創業者、デイブ・スミス氏とともに2013年、グラミー技術賞を受賞した。

 このMIDI規格を使ってシンセサイザー音源をパソコンと接続し、MIDIシーケンサーと呼ばれるソフトと組み合わせることで、リアルなサウンドをデスクトップで作り出す、DTM(Desk Top Music)という言葉を提唱し、ミュージくん、ミュージ郎という安価なパッケージでアマチュア電子音楽家を激増させたのもローランド時代の梯氏の功績だ。

 ローランド経営陣との方針の違いから2013年、梯氏は新たなメーカー、ATVを立ち上げる。ATVでは映像機器、新しいコンセプトのドラムマシンを開発するなど精力的に活躍していた。

最終更新:4/2(日) 21:46

ITmedia NEWS