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格闘家転身が話題に 元プロ野球選手・古木克明さんは今

日刊ゲンダイDIGITAL 4/3(月) 9:26配信

 1998年のプロ野球ドラフト会議で松坂大輔の“外れ1位”で横浜入りした古木克明さん(36)。4番を務めた打撃センスに加え、豪快なキャラと珍プレーには野球ファンならずとも引きつけられた。移籍先のオリックスを戦力外通告となり引退すると、突然、格闘家に転身して世間の度肝を抜いたが、最近は見かけない。今どうしているのか?

■昨年の年収は「400万円くらい」

 会ったのは都内・茅場町駅に近い弊社の会議室。自宅のある神奈川県藤沢市から車で1時間かけて来てくれたという古木さん、疲れも見せずにこう切り出した。

「今は野球教室での指導が生活のメーンです。格闘家時代からお世話になっている茅ケ崎のハヤシスポーツクラブと組み、週に4日、茅ケ崎と鵠沼海岸で小中学生の子供たちを指導してるんです」

 182センチの長身に以前と変わらぬムキムキボディー。現役時代より若返っているようにも見える。

「野球少年の練習を個人的に見てあげていたのがきっかけで、ジムからの勧めもあり、1月から『野球打撃クリニック』として個人指導を行っています。生徒は20人くらいになりましたが、こっちの収入はまだほとんどゼロで……。去年はネット放送の解説やイベントなんかで、年収400万円くらいでしたよ」

 そう言って笑った古木さん、ここに至るまでは波瀾万丈だった。

 とりわけ、記憶に残るのが、オリックスを戦力外となった09年から1年間のトレーニングを経て出場した大晦日の格闘技番組「Dynamite!!」。ボビー・オロゴンの弟を相手に粘ったが判定負けを喫した。そもそも、なぜいきなり格闘家だったのか。

「打てなくなって野球に対する自信がなくなったのと、球団からクビを切られて背中を押されたというのもあります。違う世界に行ってコイツらを見返してやろうと思って、声をかけてくれた格闘技団体にお世話になることにしたんです。給料として月50万円もらえるのも大きかった。だけど、初日から『やめとけばよかった』と後悔しました。だって練習からして痛いんです。野球じゃあり得ません。ホント、畑違いのところに来てしまったな……と(笑い)」

 古木さんの格闘家人生は1年半で幕を閉じた。

■大学院進学、事業家にもチャレンジ

 さて、古木さんは高校通算52本塁打を引っ提げ、愛知の豊田大谷高から98年に横浜入り。持ち前のパワーと長打力を武器に桑田真澄らエース級投手から本塁打を連発した。ところが、粗削りな打撃とまずい守備が目立ち、07年オフにオリックスへトレード。一軍と二軍を行き来するも、09年オフには球団から解雇を言い渡された。

「同世代に松坂っていうすごいヤツがいましたからね。ボクは一番稼いでいた時期でも年収2800万円くらい。六本木で豪遊できる額ではないですけど、ベンツやPTクルーザーに乗ったりしてちょっと勘違いしていた時期はありました」

 格闘家生活を経て、11年に「もう一回野球をやってみよう」とトライアウトに挑戦。そんな古木さんを支える姿がテレビ特番で印象的だったモデルで妻の池端忍さん(33)とは12年に離婚した。

 その後はハワイの独立リーグ参戦、さらには大学院進学、そして事業家へのチャレンジ。そんな紆余曲折の末にたどり着いたのが、今の野球教室だった。

「きっと、人と違ったことをやりたいというのが強いんですね。それが全ての原動力になっています。ボクの場合、それを表現しすぎている感もありますが。ハハハ。でもまあ、遠回りもしたけど、格闘家としての経験があったから、笑ってハワイで選手人生を終えられた。自暴自棄になって自殺を考えたこともあるけど、思いとどまることができたのは、格闘家をやって“死の恐怖”を知っていたからです。おかげで今は素直な気持ちで野球と向き合えています」

 海までバイクで10分の場所に愛犬のダックスフントと暮らす。愛車は、知り合いからもらったホンダのオデッセイだ。

最終更新:4/3(月) 19:16

日刊ゲンダイDIGITAL